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マスターの背中で


登場キャラクター

  ヒロシ : 11歳の少年トレーナー。まだまだ幼さが残る。アンの親。
   アン : ピカチュウ♀。プライドが高く、ボールの外で生活している。



「今日も楽しかったね!」

 少年トレーナーのヒロシと、ピカチュウのアンは、森の中にいた。
 野性ポケモンと戦って、レベルを上げるという名目だが、実際は遊びに来たようなものだ。

  う、うん。そうだね!

 アンは、かわいい笑顔を作って、ヒロシに向ける。
 そわそわしそうな体を抑えて、悟られないように。

 アンは、おトイレに行きたくなっていたのだ。
 ポケモンなのだからその辺ですれば良いと思うが、プライドの高いアンは、自分の排泄する姿を人や他のポケモンに見られたくなくて、家やポケモンセンターのトイレを使用するようにしていた。

 実は、モンスターボールの中にはトイレがついていて、普通ポケモンは、そこでするようになっている。
 しかし、普段モンスタボールに入らないアンは、そのことを知らなかった。

「じゃあ、そろそろ帰ろっか!」

 ヒロシが自転車に足をかける。
 いつものようにアンは、マスターの首につかまった。

 ヒロシが自転車を走らせる。きれいに舗装された道路ではないので、自転車は時々ガタガタとはねる。
 おトイレにいきたいアンは、それがつらかった。
 振動がおなかに伝わってきて、おしっこのたまる袋を刺激する。
 思わず首をつかむ手に力が入りそうになるが、ヒロシが気付くかもしれない。

 ポケモンセンターまでは、まだ距離がある。
 アンは我慢できるか、心配になってきた。

  ああ、ミックスオレ飲みすぎたかな……

 しかし、後悔してももう遅い。
  我慢しなきゃ……


 だんだん尿意が強くなってくる。
  あう……このままじゃ……

 がたん!
 その時、自転車が小石に乗り上げたのか、大きくはねた。

 やっ!
 アンは思わずお股を押さえた。
 おしっこの袋いっぱいにたまった水が、少しだけ飛び出でてきたのだ。
 ヒロシのシャツに、小さな丸い染みができる。

  どうしよう……おちびり……しちゃったよう……

 幸い、ヒロシは気づかなかったようだが、このままでは時間の問題だ。
  はずかしいけど、ヒロシに言って、草むらでさせてもらおう……
  このまま……おもらししちゃうよりは……いいよね……
 涙目になりながら、ヒロシに声をかけようとする。

 その時、自転車がとまった。
  あれ……もう着いたのかな……
 少し気が楽になって、視線を前に向ける。
 しかし、状況は違った。

 ヒロシが空を見上げ、ゆっくりと顔を動かしている。
 その視線の先を見ると、なんとオニスズメの大群だっだ。

 ぎゃーぎゃー!
 大群はこちらをにらみつけ、鳴き声を発し威嚇を続けている。
 普段なら電気タイプのピカチュウにとって、飛行タイプのオニスズメなど取るに足らない相手だ。
 しかし、今は……。

「よーし、アン。電気ショック!」

 ヒロシが振り返って、元気良く命令する。
 でも今は、とてもそんなことはできない。
 必死でヒロシの首にしがみついて、自分の首を左右に振る。

「どうしたの、アン。がんばって!」

  無理だよ無理、そんなことしたら出ちゃう……出ちゃう……あ……
 ヒロシが見ている手前、お股を押さえることもできず、飛び出してきたおしっこが、またシャツをぬらす。
  お願い……とまって……
 涙をこぼしながら、あごを思いっきり引いて、必死にお股に力を入れる。

 ……なんとかとまった。
  でも……もう、ばれちゃったよね……怒られちゃう……

 しかしヒロシは、アンは大群のオニスズメに怖がっているのだと思った。

「しょうがない、自転車で一気につっきるよ」

 ヒロシは顔を前に向け、まっすぐに前をみつめる。
 帽子のつばを後ろにまわして、気合を入れる。
  よかった、ばれてないみたい……これでまたお股を押さえられる……

「しっかりつかまっててよ!」

 突如、自転車がビュンと走り出す。
 そのスピードは思ったより早く、とても片手じゃつかまっていられない。

  そんな……もう押さえてないと……出ちゃうのに……

 でも片手じゃ、振り落とされてしまうのは間違いない。
 やむを得ず、両手をマスターの首にまわし、お股をヒロシの背中に押さえつける。

 ヒロシのシャツが少しずつぬれていくのは、マスターの汗か、それとも……。


「ふぅ……」

 マスターが息をつき、自転車のスピードをゆるめる。

 辺りが静かになったので、空を見上げる。
 オニスズメは、もう追ってこないようだ。

「どうやら、うまく振り切れたようだね」

 マスターのそんな声がするが、アンの耳には届かない。
 かわらず首にしがみついたままだ。
 自転車を止める。

「ほらアン、もうオニスズメはいなくなったよ」

 ヒロシが声をかけるが、やはりアンの耳には届かない。

「そんなに怖かったの?」

 ヒロシが、やさしくピカチュウの頭をなでる。

  ヒロシの……大きな手……
 次第にピカチュウの緊張がとけていく。

 一瞬何かに気づいたような顔をして、涙があふれ出てくる。
  あっ……やめて……力が抜けちゃう……

「どうしたの? もう大丈夫だって」

 今度は、のどをごろごろしてあげる。
 しかしアンは、激しく首を振るばかり。

  やっ……あっ……もう……だめぇぇぇ…………

 次第にマスターの背中が温かくなっていく。
 おしっこの袋いっぱいにたまった水が、背中を流れズボンに達し、下着をぬらす。さらに水は流れ続け、靴下、スニーカーをぬらしていく。
 そして、地面に小さな水溜りが出来たところで、袋の中の水がなくなった。

 これだけの量が、ピカチュウの小さな体にたまっていたとは驚きだ。
 人間のではない、独特なにおいが辺りに満ちていく。

「(そっか……やけに背中に汗をかくと思ったら……)」

 森の中に、アンのすすり泣く声だけ、小さく響く。
 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、ただただ同じ言葉を繰り返している。

 服を汚されてしまったが、不思議と怒る気にはならなかった。
 それどころか、プライドの高いアンの意外な一面を見れて、ときめきを感じてさえいる。

「……ごめんね、気付いてあげられなくて」

 ぎゅっとアンを抱きしめる。
 ピカチュウの体毛はおしっこで汚れているが、そんなことは気にならない。

「大丈夫。大丈夫だから。……ね」

 ヒロシはアンが泣き止むまで、強く、抱きしめ続けた。


 ヒロシとアンの絆が、さらに深まった瞬間だった。


 


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