「あぁ、疲れた」
漏れは大きな荷物を床に下ろし、ベッドへ倒れるようにして横になった。
帰って来たのだ、自宅に。
1ヵ月の帰郷。
5年ぶりに幼馴染と過ごした時間はとても楽しくて。
言葉には言い表せないくらい、言いつくせない程の思い出となった。
その反面。
また皆と離れて過ごす毎日が始まると思うと・・・・・・
・・・・・・空虚感が漏れを包む。
また元に戻るだけ、帰郷をする前の5年間だってそうだったじゃないか。
そう思おうと努力してみるが、ダメだった。
すぐに皆の顔が頭に思い浮かぶ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
漏れはベッドから飛び起きた。
それから何が起こったのか、どうしてそうしたのかは覚えていない。
ただ覚えているのは・・・・・・日記を書いたということ。
1ヵ月の間、誰も触れられず綺麗なままだった勉強机。
それに備え付けられている棚からノートを取り出して。
適当なページに覚えていること、漏れにとっての思い出を、ただひたすら書き続けた。
ただ文字だけ書くのも・・・と思い、絵も付けた。
上手とか下手とかはこの際どうでもいい。
とにかく、この思い出を形に残したかったのかもしれない。
そうして、日付が変わるまで。
ひたすら漏れは絵日記を書いていた。
8月31日というタイトル。
移動での疲れと、ずっと絵日記を書く事に集中しすぎたせいか、漏れは知らない間に眠りへと落ちていた。
目が覚めた。
寝起きって頭がぼーっとして、周りの情報がうまく入ってこない事は時々あるが。
しかし、漏れの頭は瞬時にこの違和感を察した。
当たり前かもしれないが。
「・・・・・・・・・?」
・・・どうして、だろう。
ここは昨日までお世話になった、水郷村のじいちゃんとばあちゃんの家だ。
漏れが今入っている布団も、全く同じもの。
夢でも見ているのかと思ったが、どう考えても夢を見ている訳ではなさそうだった。
感覚や意識ははっきりしているし、ここまでリアルな夢なんて見た事がない。
それにしても、静かだ。
静かというより、無音である。
じいちゃんとばあちゃんが家にいなかったとしても、だ。
うるさいくらいに鳴いていた蝉の声も、一切聞こえない。
なにかが、おかしい。
漏れは身体を起こして部屋を出る。
やはりじいちゃん達が居る様子はない。
畑にでも行っているのだろうか。
変に汗が垂れる。
暑さのせいか、それとも冷や汗なのかすら分からなくなってきた。
外に出てみよう、そう思って玄関へ行く。
引き戸に手を掛けた。
・・・・・・・・・動かない。
鍵が掛かっているのか。
古い家屋によくありがちな、円筒で先端にねじ山の付いた棒を、戸に開けられた穴に差し込んで回すタイプの鍵。
ひねってみる。
・・・微動だにしない。
ガタがきていて、固くなっているのか。
どんなに力をこめても、回ることは叶わない。
下手に回そうとして壊してしまっては困るので、玄関から出る事は諦めた、が。
この家の外へ通じる戸や窓は、全てこのタイプの鍵が使われていた。
そして、どの鍵も固く締められていて、動かない。
つまり、外へ出られなくなってしまったのである。
窓をぶち破れば出られるが、さすがにそこまでするわけにもいかないだろう。
途方に暮れた漏れは、部屋に戻った。
閉鎖された、音も無い空間で1人、孤独。
扇風機もテレビも動かない。
時計の針も止まってしまっている。
・・・時間が、止まっている?
「まさか・・・ね」
そんな事が起こるはずない。
起こるはずがないのだ。
しかし、昨日確かに発ったはずの故郷に漏れが居る事自体がおかしな事で。
漏れは確かに自宅へ帰ったのだ。
そこで皆との思い出を日記に残したはずなのだ。
それなのに・・・・・・なぜ?
「・・・・・・・・・腹減った」
現金なものだ。
こんな状況だというのに、腹の虫は空腹を訴えている。
食べる物くらいはあるだろうと思い、立ち上がる。
勝手に物色するのは気が引けるが、後で謝れば許してくれるだろう。
そう思って部屋の戸を開けた。
「・・・・・・・・・・・・!?」
そこには。
ご飯の支度をしているじいちゃんとばあちゃんがいた。
「おや、おはよう博行」
「おはよう。今朝はずいぶん早いのねぇ」
・・・・・・い、今まで一体どこへ行っていたんだ?
家中をくまなく探したのに、この家に隠れるスペースなんてないし、そもそも隠れる意味が分からない。
それに鍵は全部閉まっていたし、外から入ってくるなんて不可能だ。
しかも物音1つ立てずに、わずか数分間で。
「ちょうど朝ごはんの用意が出来たところよ。早く座っておあがんなさい」
「う、うん・・・」
とりあえず言われた通りにテーブルに着く。
いつもと変わらない、普通の朝食だ、が。
「・・・じいちゃん達、今までどこに行ってたの?」
漏れがそう尋ねると、2人は顔を見合わせて笑う。
「何を言ってるんだ、わしらはさっき起きたばかりだ。どこにも行っとらんよ」
朝食を終え、部屋に戻り。
落ち着かなくなって、また外に出ようと試みるが、やはり出られず。
それどころか、またじいちゃんとばあちゃんが姿を消した。
ここまで来ると、不思議とか奇妙といった感覚が全て恐怖の方向へ変わってくる。
一体どうしてこうなったのだろう。
相変わらず蝉の声も全く聞こえてこないし。
また無音の世界に1人取り残されてしまった。
漏れは一体、どうなってしまうのだろうか・・・・・・
一応だが。
この日、じいちゃんとばあちゃんに2度目に会う事は無かった事を追記しておく。