その後、無事にサートゥン城から脱出する事が出来た。

ハッキリ言って、こんなにあっさりと脱出出来るなんてこれっぽっちも思わなかったけど。

でもなんか、普通に城の正面の門から出られたし、追手も全然来なかったし。

実はここの軍隊って、そんな程度だったって事なのかな?

今は既にサートゥンからはかなり離れた、ヴァリエントという大きな街にいた。

距離的には・・・馬車だと数週間かかるくらい。

しかし今の時間は城を脱出してから数時間ほどしか経っていない。

どうやって移動したのかというと、ある程度大きな街にはテレポーターという機械が必ず1台以上設置されていて、これを利用するとそのテレポーターに登録されている他のテレポーターへ転移する事が出来る。

例えばテレポーターAにテレポーターB・Cが登録されていればテレポーターAを使ってBとCに転移出来るし、さらにどちらかのテレポーターが転移先のテレポーターを登録すれば、自動的に転移先のテレポーターに移転元のテレポーターが登録される。

移動の時間はほぼ一瞬だから、何日もかけて隣町へ移動するより、こっちの方がよっぽど楽だ。

ただし時間がかからない代わりに、お金がかかる。

しかもテレポーターは一定の範囲内でしか転移出来ないため、目的地が遠いと別の街を経由して飛ぶ必要があり、その分料金も上乗せされていく。

だから僕は今までテレポーターは滅多に使わなかった事が無かった。

だけど狼さんは躊躇う事なくテレポーターを使ってサートゥンを出た。

もちろん僕も一緒に。

というか、強制的に飛ばされた。

何度か転移していたから、それなりの額になったんじゃないかと思う・・・・・・大丈夫なのかな。

まぁそんな訳で今、ヴァリエントの街を歩いているんだけど。

サートゥン城の宝物庫から、狼さんはお目当ての品を盗んだ。

と、思っていたが、狼さんが今持っているバッグは。

「ねぇ」

「・・・・・・」

「ちょっと、聞いてる?」

「・・・・・・」

「それ、僕のバッグなんだけど」

「・・・・・・」

「ねぇってば。返してよ」

「・・・・・・」

・・・・・・僕のバッグだった。

城を脱出してから、こんな感じ。

ずっと無視され続けている。

これ以外の話題だと、どうなるのかというと。

「ねぇ、これからどこに行くの?」

「黙ってついてこい」

「お腹空いて動けないよ〜・・・・・・」

「着いたら何でも食わせてやる。我慢しろ」

だいたいこんな感じ。

何か言う時も視線は変わらず前だけを見ている。

なんていうか、もうちょっと気を遣ってくれてもいいような気がする。

助けてもらって感謝していない訳じゃない。

でもだからって、僕の荷物を盗っていいって事にはならない。

ただひたすら同じほうを向いて歩き続ける狼さん。

その背中をついていく僕。

どうしてこうなった。

街の中央部にさしかかる。

この街は鍛冶町として有名で、いたる所に鍛冶工房がある。

ここで作られるというだけでかなりのブランドになるらしく、かなりの額で取引されている。

質に関しても他の地域で作られた物に比べて高い水準にあるらしく、わざわざ遠方から買いに来たり、取り寄せたりする人も少なくない。

また同時に、ここで作られたものだと偽って販売する人も多く、毎年何人も逮捕されているとか。

僕は毎日、旅をしながら各地を転々とする生活だから、そんなブランド品には到底縁のない話だ。

出費は必要最低限にしないと、やっていけない。

「・・・・・・じゃあおんぶしてよ。それだったら僕も疲れないでついていけるし〜」

と、言うと。

狼さんは足を止めてこっちを向く。

あれ、なんだこの威圧感。

背が高いせいか、余計に圧力を感じる。

・・・もしかして怒らせた?

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・え?」

と、思いきや意外にも。

狼さんは元の位置に向き直ったと思いきや。

しゃがんでおんぶのスタンバイをしてくれた。

軽い冗談のつもりだったんだけどな・・・。

「・・・早くしろ」

「う、うん!」

せっかくおんぶしてくれるんだから。

それに甘えない手はないよね?

僕を背中に乗せた狼さんが立ち上がる。

・・・高い。

こんな高いポイントから、狼さんみたいな背の人は見てるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、この狼さん。

一体何者なんだろう。

最初から僕の荷物だけを狙っていたようで、宝物庫にあった他のものは全く手を触れていなかった。

別に僕のバッグには特に変わったものは入っていない、はず。

売ればお金になりそうなものもあるけど、それだけを盗るならもっと他の宝石とか装飾品を根こそぎ盗っていった方がいいような気がする。

お金目当てじゃないなら・・・・・・なんだろう。

本当に後で話してくれるのかな。

目的地がどこなのかわからないけど、一応牢屋から逃げさせてくれたし・・・・・・牢屋よりひどい所へは連れていかれない事を祈ろうかな。

「着いたぞ」

・・・と、考えているうちに、その目的地へと着いたらしい。

「ここは・・・ギルド?」

ギルド。

色々な街にある施設。

簡単に言うと、仕事がたくさんある場所。

ちょっとしたお手伝いから、魔物退治やお尋ね者を捕まえる仕事まで、本当に色々ある。

主にハンター、ギルドの仕事を専門的に扱う人や、旅人が路銀稼ぎにちょろっと利用する事が多い。

僕も、今までに何度もギルドを利用してきた。

でも、なんていうかハンターの人って、基本的に怖い。

強面とかそういうんじゃなくて、腕に自信があるのか知らないけど威圧的だったり態度が大きかったり。

要するにガラが悪い人が多いからあまり利用したくないんだけど。

それで。

ギルドになんの用があるんだろう?

もしかしてこの狼さんもハンターなのかなぁ。

「降ろすぞ」

「わわっ」

ものすごく雑に、地面に降ろされた。

ひどい、せっかくイイ所もあるんだって思ったのに。

「置いていくぞ。早く来い」

「ま、待ってよ!」

そんな僕の心証をものともせず、僕を置いてギルドの中へ入っていく狼さん。

さっきから振り回されてばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドに入ってすぐ、タバコ臭い大部屋がある。

待ちあいの場所であり、依頼を受け取ったり報告したりする部屋でもある。

受付をしている人も、屈強な体つきをしている。

僕は背が低くて身体も細いから、いつかあんな感じの体格になれたらいいなぁと思う。

関係者以外立ち入り禁止、という扉の奥へ進む。

ここからはギルドのメンバー以外は入れない。

という事は狼さんはここのギルドに所属しているという事なのか。

ギルドの仕事はメンバーにならなくても受ける事が出来る。

しかし、内容によっては1人でこなすには困難なものがたくさんある。

そういったときにメンバー同士でパーティーを編成して依頼をこなしたり、そういった仕事を優先的に受ける事が出来るのがメンバーの特徴。

ただ、ギルドのメンバーになると他のギルドの仕事を受ける事が出来ない。

厳密には出来るらしいけど、なんか暗黙のルールみたいになっているとかで。

「ルドルフさん! お疲れ様です!」

廊下を歩いていると、すれ違った1人の獣人さんが深々と頭を下げた。

ルドルフさん、この狼さんの事だろうか。

狼さんは一言「ああ」と言い、歩き続ける。

それなりに階級・・・というか、地位が高いのかな?

「ああ・・・・・・ルドルフさんに会えて、しかも返事してくれた・・・・・・ヨッシャアァァァァ!」

さっきの獣人さんを見ると、何やらつぶやきながらガッツポーズしていた。

何を言っているのかはよくわからなかったけど・・・・・・変な人だな。

まぁいいか、狼さんの後を追わなきゃ。

突き当たりの所で狼さんは待っていた。

僕がそこまで行くと、狼さんは角を曲がってさらに進む。

その先には階段があって、最上階まで上がる。

3階建てらしい。

そこから伸びる廊下の真正面の部屋まで辿り着いた所でようやく狼さんが立ち止まる。

部屋の中へ入っていく。

僕も続けて部屋に入る。

すると、今までの大部屋や廊下とは全く違う、清潔感のある、すっきりとした部屋だ。

なんというか、個人の部屋のような感じ・・・・・・ああ、そうか。

ここは狼さんの部屋なのかも。

メンバーで、しかも高い地位だったら、こんな部屋を貰えても不思議じゃない。

改めて部屋の中を見回す。

正面には綺麗な机。

羽ペンと、山積みのファイル。

机の左側には本棚があり、そこにも大量のファイルがぎっしりと詰まっている。

古い本などもたくさんある。

その反対側、机の右側には鉄製の両開きタイプの大きめのロッカー。

部屋の中央にはこれまた小さな机、向かい合う位置に高級そうなソファーがどっかりと置いてある。

ロッカーの横にはさらに扉があるが、この先は寝室とかお風呂とかがあるんだと思う。

「・・・・・・あいつらはまだ来ていないのか。どこで油を売っているんだ・・・・・・」

不意に狼さんが口を開く。

どこか呆れたような口調だった。

「・・・まぁいい」

狼さんはそう言うと、ソファーに座って足を組む。

そして僕に、座れ、と言う。

ふわふわもこもこ。

こんな感じは初めてだ。

「俺はルドルフ。ルドルフ=ゴッドウォルク。ここのギルドのマスターだ」

ほえー。

それなりに高い地位、じゃなくて、本当に高い地位の人だったんだ。

「今回はとある目的の為にサートゥンの城を襲撃した。勿論、ここのギルドによるものだという事は極秘でな」

「はぁ・・・・・・」

バレたら戦争になりかねないと思うんだけど。

過激なギルドだなぁ・・・

「今回の目的、それはお前が持っていたバッグの中にある。 ・・・・・・これだ」

そう言って僕のバッグを漁って取り出したのは、指輪。

この指輪はサートゥンに着く直前、森で迷った時に疲れて休んでいた時に、地面に落ちていたのを拾った。

あしらわれている宝石がすごく綺麗に輝いていて、しかも光り方がかなり独特だったから持って帰ったのだ。

「お前、この指輪をどこで手に入れた?」

「サートゥンの近くの森に落ちていたのを拾ったんだ。綺麗だったから取っておこうと思って」

「お前がサートゥン兵に捕らえられたのは、この指輪が原因だ」

「え!? そうなの!?」

「恐らくはな。 お前が捕まるような事をしていなければ話は別だが」

結構思った事をガンガン言うタイプですか?

とりあえず、ルドルフ・・・さん、が、この指輪を欲しがっているのは分かったけど。

「単刀直入に言おう。その指輪を譲ってほしい。勿論それに見合う対価は払うつもりだ」

「んー・・・・・・・・・」

「200万セルでどうだ?」

「うーん・・・・・・・・・」

「300万セル」

「・・・・・・・・・」

「500万セル」

「・・・いや、金額の問題じゃなくてさ。僕はルドルフさんがそんなにお金を出してまで指輪を欲しがる理由が知りたい。 あと、どうしてこの指輪を持っているだけで兵士に捕まるのかも。この指輪について知ってる事、全部教えて。じゃないと決められないよ」

500万セルなんて、普通僕みたいな旅人が手に入れられる額じゃない。

そこそこ良い家が建てられそうなくらいだよ。

「・・・・・・・・・・・・」

ルドルフさんはしばらく考えていた様子を見せていた。

そして一度立ちあがり、窓のそばへ向かって外を眺め、再び僕の方へ向き直る。

「・・・・・・わかった。だが、これは説明するには時間がかかる。その前に腹ごしらえでもするとしよう。着いたら食わせてやる約束だったからな」