意識が徐々に戻ってくる。

体中に少しだけビリビリする感覚が走っているのはよくわかった。

接地してる感覚がある・・・・・・

たぶん、立ったまま大の字にされている状態。

手首と足首は頑丈に固定されていて動かせない。

マズルにも何か巻かれてる・・・・・・口が開けられない・・・・・・

重かったまぶたをこじ開けると、バインダーに挟んだ紙にサラサラと何か書いている豹さんが目に映った。

僕が目を覚ました事に気が付くと、ペンを止めて近付いてくる。

「・・・・・・目を覚ましたようだね・・・・・・」

「むぐ・・・・・・」

「君の睡眠時の脳波は少々独特だね・・・・・・興味をそそられるよ・・・・・・」

「むぐぅぅ・・・・・・ぐぐ・・・・・・」

顎の下を指で撫でられる。

・・・・・・気持ち悪い!

全身の毛が逆立ちそう・・・・・・

「そうだ・・・・・・君が寝ている間に色々と失礼させてもらったよ・・・・・・

邪魔だった服は脱がさせてもらったし・・・・・・体液も採らせてもらった・・・・・・・・・・・・ふっ」

服・・・・・・

そう言われて下を向くと、上半身は裸。

下着だけはそのままの状態だけど、体の色々な所にケーブルのようなものが繋がれていて、それを辿ると背後の大きな装置に繋がる。

「君に接続しているのは雷属性の元素を利用して作られた装置さ・・・・・・体が痺れている感覚がするだろう・・・・・・

君の今の体内の状態を数値やグラフなどのデータにする事が出来る・・・・・・素晴らしいだろう・・・・・・?」

どこが素晴らしいのか全く分かりませんね・・・・・・

睡眠薬で眠らせてまで僕のデータを取ってどうするっていうんだ・・・・・・

「・・・・・・その様子では理解できないようだね・・・・・・・・・・・・ふっ」

豹さんは装置に付いているパネルを操作する。

体の痺れが強くなった気がした。

流れる雷元素が増えたんだろう。

「苦しいだろうけどもう少し我慢してもらうよ・・・・・・・・・・・・

君のような子供を相手にするのは気が引けるが・・・・・・禁断の果実に手を出すような気分が逆に興奮するんだよ・・・・・・ふっ」

「むううぅぅ!!んぐぐぐぅうううう!!」

誰が禁断の果実じゃああああ!

何とかしてこのマズルに取り付けられた輪っかだけでも外したいが、両腕は固定されている。

この輪っか、けっこう頑丈に嵌まっているけど・・・・・・素材は革。

しかもあまり強いものじゃない。

体が痺れて集中しづらいけど・・・・・・魔法が使えないってほどじゃない。

全身の強張りを一瞬だけゼロにし、一気に気を高めていく。

「ふぐぐぐ!」

『レジスト:無属性補助魔法

魔法ダメージを軽減する。』

赤い光が体を包む。

すぐに光は不可視のものとなるが、全身に魔法をはねのける重厚な鎧を着ている感覚がする。

もちろん重さは感じない。

「・・・・・・・・・・・・・・・素晴らしい」

豹さんは独り言のように呟いた。

僕はもう一度集中する。

「・・・・・・・・・魔力係数の爆発的な上昇・・・・・・計測可能範囲を超えている・・・・・・」

「ふぐぐぐぐ、んぐっふ!」

『エアリアルスラッシュ:中級風属性攻撃魔法

無数の真空波を生じさせ、対象へ飛ばし切り刻む。』

「これほどの数値をこんな子供が出せるはずがない・・・・・・」

豹さんが何かブツブツ呟いているけど、別に豹さんに撃つために発動させた訳じゃない。

確かに両腕は固定されていて動かせないけど、指先は生きている。

つまり、指先を自分の方へ向ければ・・・・・・

(・・・・・・どうか上手く輪っかに当たってくれますように!)

革の輪っかが切れるくらいまで真空波の威力を落として、発動させた。

僕の顔をめがけて研ぎ澄まされた風の刃が飛来する。

そのうちのいくつかはかすりもせずに飛んでいき、またいくつかは顔に直撃した。

レジストが掛かってなかったら、一生残る傷になっていたはずだ。

そして十数本目の刃を放ったところで、口にはめられていた革の輪っかが外れた。

ボロボロになった革の輪っかはパサリと床に落ちた。

その代わりに、レジストでも軽減しきれなかった分のダメージは受けている。

顔や首から血が流れている感覚がする。

被毛も少し・・・・・・

・・・・・・かなり、犠牲になった。

「君は命知らずだな・・・・・・そこまでしてそれを外したかったのかい・・・・・・?」

「豹さんがあまりにも気色悪かったので。」

「・・・・・・否定はしないよ・・・・・・ふっ」

自覚はしてるのね・・・・・・

「だいたい、実験の手伝いって実験台になるって事だったんですか?」

「・・・・・・・・・・・・その通りだ・・・・・・」

「だったら最初からそう言ってくれれば良かったじゃないですか。あと実験の内容とかも・・・・・・なんで教えてくれなかったんですか?」

「・・・・・・君は得体の知れない実験の被験者になるのが・・・・・・嫌じゃないのかい・・・・・・?」

「変な装置にしばらく繋がれるだけだったら、普通に手伝いますよ。何も知らされずに無理矢理される方が嫌に決まってます。」

「君は変わっているな・・・・・・」

あなたにだけは言われたくないです。

でも、本当にそう思ってるんだけどなー・・・・・・

豹さんはまた装置のパネルを操作する。

また痺れが強くなるかと思って気合いを入れるが、逆だった。

ふっ、と痺れは一瞬で無くなった。

どうやら装置を停止させたらしい。

「煌めくは癒しの波動。 キュア」

『キュア:初級回復魔法

対象の怪我を治す。』

豹さんはキュアを発動した。

僕の真下に魔法陣が発生し、温かい光が湧いてくる。

エアリアルスラッシュで負った傷が、徐々に塞がっていくのがハッキリと感じられた。

初級魔法で回復量もそれほど大きくないキュアで、ここまで効果を感じられるなんて。

僕のリカバーくらいか、それよりも多い回復量かもしれない。

『リカバー:中級回復魔法

対象の怪我を治す。キュアの上位魔法。』

「君と違って燃費が良くないんでね・・・・・・」

「キュアでこれだけ回復できるなら十分だと思いますよ。僕のリカバー以上です。」

「・・・・・・やはり君は変わっているよ・・・・・・」

そう言いながら豹さんはパネルを操作する。

すると、四肢の拘束具が一斉に外れた。

体が自由に動かせるって素晴らしいと思う。

すごく久しぶり駆動しているような気がする。

関節を鳴らしていると、僕の服が差し出された。

そういえばずっと半裸のままだった。

ささっと元のように着替える。

「・・・・・・この解析の結果が出るには少し掛かる・・・・・・血液その他体液の分析も合わせると1週間ほどになるな・・・・・・」

「ふむふむ。」

「・・・・・・自室はどこにある・・・・・・?」

「自室? ああ、えっと・・・・・・『3−12』だったかな?」

「送ってやろう・・・・・・」

「え?」

その瞬間、また床が抜けた感覚がした。

今度は影の世界に落とされたってすぐに気付いたけど、できれば先に言ってからシャドウを使ってほしいと思う。

「君の右手方向に光が見えるのが分かるかい・・・・・・」

どこからか豹さんの声が聞こえてきた。

姿は見えないのに、不思議な能力だ。

言われた方向を見ると、確かに眩しいくらいの光が差し込んできている。

「その先が君の部屋だよ・・・・・・」

なにそれ超便利。

「わかった! ありがとうー!」

とりあえずどこにいるのかは分からないけど、そう叫んでおく。

フワフワした感覚は慣れないけど、泳ぐようにしてなんとか光の差し込む裂け目のような所までやってきた。

裂け目をくぐると、そこはオリフィスティアさんに案内されたのと同じ、何も無い部屋。

念のため一旦外に出て確認してみる。

『3−12』の部屋だ。

部屋の中に戻ると、出口になった影は既に閉じられていた。

そして気付いた。

時刻は既に夕方だった。

なんだか不思議な感覚がする。

あの研究室が真っ暗だったってのと、睡眠薬で無理矢理眠らされたせいで時間の感覚がおかしいのかな。

・・・・・・まぁいいや。

お腹すいたし何か食べに行こうっと。

財布を片手に、僕は再び外に出た。

・・・・・・そういえば、あの豹さんから名前聞くの忘れてた・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「・・・・・・シャドウ。」

足元の影が僕の体から離れる。

平面だった姿は僕と同じ、立体的な姿となる。

もちろん影は影だから見た目は完全な漆黒。

「体液の分析は任せた・・・・・・僕は寝る・・・・・・」

この影は僕の影である。

しかし僕自身ではない。

僕の言う事を忠実に行う。

僕の意志に沿うような行動を。

しかしそこに僕の魂はない。

傀儡のようなもの。

僕自身の能力だというのに、妙な気分だ。

無意識に欠伸が出た。

集中力が途切れたようだ。

・・・・・・思えば、随分久しぶりに睡眠を取るような気がする。

最後に寝たのは・・・・・・ちょうど3週間前になるか。

食事もそれきりだな・・・・・・

・・・・・・もう、考えるのも煩わしい・・・・・・

研究室の扉が開かれ、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

マスターの声のような気がしたけど・・・・・・

それに反応できるほどの気力は、僕にはもう残っていないよ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


サイザー。年齢不詳。

ロウの隣国、トリル王国の貧しい家庭に生まれる。

父はサイザーが生まれてすぐに病気で他界。

母は女手一つでサイザーを育てる。

子供の頃は極度の人見知りで引っ込み思案。

友達は1人も出来なかった。

学校に行っている間も家に帰ってからもひたすら勉強を続ける。

その後、トリルの王立研究院付属大学を受験し、難なく合格。

しかし合格の知らせが自宅に届くと同時に母が病により他界。

大学での勉強が全く手に付かなくなり、成績不良に陥る。

なんとか卒業まで漕ぎつけたものの、成績不良のレッテルは大きな枷となる。

名門校を出たのにも関わらず、サイザーは小さな研究所に勤める事となった。

その研究所では、サイザーの知的欲求を満たすものとは程遠い研究ばかりが行われていた。

大学でもっと優秀な成績を残さなければこんな事にはならなかったはずだ。

サイザーはそんな事ばかり考えるようになる。

しかし後悔は何も生まない。

その後研究所の施設を勝手に使用し、彼にとっての‘研究’をし始めた。

最初は気付かれる事はなかったが、いつまでも全てを隠し通せる事では無かった。

勝手な研究が明るみに出たと同時に研究所をクビになった挙句、国家反逆罪という濡れ衣を着せられ投獄される。

濡れ衣を晴らすべく反論はするものの、確証が無いため覆らない。

投獄されて1ヶ月の後、サイザーは牢獄の中でルドルフに出会う。

ルドルフは王立研究院に保管されている指輪を欲していた。

王立研究院付属大学の学生は一定レベルの学力が認定出来れば、全員王立研究院に行く事になる。

その当時、王立研究院に行けなかったのはサイザーだけだった。

サイザーの他にアテが無かったルドルフは、王立研究院についての情報が得る為にサイザーと接触したのである。

サイザーは王立研究院の情報を売る代わりに、自分の脱獄をルドルフに手伝うよう持ちかけた。

ルドルフはそれを快諾した。

その後、ルドルフによりサイザーは脱獄に成功、自由の身になった。

しかし故郷であるトリルでは、脱獄犯として指名手配される事になる。

彼の故郷には、彼の居場所はどこにも無かった。

目的の指輪を手に入れ、トリルを離れようとしているルドルフ。

サイザーはもう一度しがみついた。

指輪の力についてはサイザーも知っていた。

研究所の文献を勝手に読んでいたからだ。

協力してやるから、俺をここから離れた所で匿ってくれと。

余りにも自分勝手な要求に面食らったが、ルドルフはサイザーの頼みを受け入れた。

そして現在。

サイザーの底無しの叡智は、ルドルフを始めとする多くのギルドメンバーに重用されている。

・・・・・・奇抜な行動と不可解な実験を除けば、だが。