街の片隅にある小さなカフェで朝食をとる。

鍛冶町として栄えるヴァリエントには、到る所に鍛冶場がある。それらは特に街の中央に密集している。

鍛冶場から発生する音はかなりの騒音だ。

そのため、静かな場所で落ち着いて食事をしたい気分の時は街の外れに足を運ぶしかない。

 

ヴァリエントで生産されているのは、主に金属を素材とする武具だ。

武器としては大きく分けると剣、斧、鎚、槍、杖、鈎手甲がある。

防具は鎧、兜、小手、盾、グリーブなど。

技術の進んだ国では、『元素』を用いて作られた武具『魔法武具』『魔法兵器』というものが生産されている。

しかしヴァリエントではそういった類のものは一切作られていない。

魔法武具や魔法兵器の生産・開発に携わる獣人にしてみれば、ヴァリエントの産業は時代に乗り遅れたものと言えるだろう。

だがそれは違う。ヴァリエントにも魔法武具を生産する技術はあった。だがそれは敢えて作らなかったのだ。

その背景には色々あるが、それはひとまず置いておく事にして・・・・・・

 

俺は今ヴァリエントの外れのカフェで朝食をとっている。これは先ほども言った通りだ。

外観も内装も洒落た雰囲気で、ランチにもお勧めだ。

ディナー用のメニューもある。こんな鍛冶町には似合わないがな。

俺が注文したのは、カリカリに焼いた厚切りのベーコンとシャキシャキのレタス、みずみずしいトマトを挟んだサンドイッチ。

そして厳選に厳選を重ね、丹念にローストされた高級豆を使ったコーヒー。

ヴァリエントに来る事があれば、是非この店のコーヒーを味わってもらいたい。この街に対するイメージが変わる事だろう。

・・・・・・また少し脱線したので話を戻す。

 

朝食をとりながら、俺は新聞を読んでいた。

その中に1つ気になる記事を発見したのだ。

『ニホン近海にて巨大な龍の魔物と竜人が出現!? 漁業関係者が語る一部始終―――』

ニホンといえば、他国との交流を断固として拒否し続ける孤高の島国というイメージがある。実際も同じだ。

領土に近づく船などに容赦なく攻撃を仕掛ける、見境の無いトンデモ国家だ。

しかし俺が気になったのは、龍の魔物と竜人という部分。

俺はこの記事を見て、真っ先に龍神族の事を思い出した。

龍と竜人という文字だけで思い出したのは安易かもしれないが・・・・・・

この漁業関係者によると、その日は何隻かの船で漁に出ていたという。

龍の魔物が現われたのは、引き揚げようとした時だった。

突然海面から龍の魔物が現われ、最後尾の漁船に突進してきた。

他の漁船は一目散に逃げるが、龍は口から水の塊を発射して次々と船を沈めていった。

龍の大きさは、体の一部しか海面上に出していなかったが、その部分だけでも7メートル以上あったらしい。

そうなると全身で15メートルかそれ以上はあるだろう、というのが生物学者の見解。

この関係者の乗る漁船は引き揚げの際に先頭に位置していたため、龍の攻撃を免れたという。

関係者が振り返って双眼鏡で様子を見ると、龍は静かに海へと戻っていった。

さらに海面から、数人の竜人が頭を出してその場を離れゆく漁船をじっと見ていた・・・・・・というのがこの記事の内容だ。

龍神族の種族については、竜人が多数を占めるという説がかなり多い。

そしてニホン近海で目撃されたというのも怪しい所だ。

ニホンも多くの不確定な事象が多くある土地だ。

巨門の指輪を持つ龍神族とニホン。この2つに何らかの共通点があったとしてもおかしくない。

というより、共通点があってほしいというのが正直なところだ。そうでもないと、龍神族に関する手掛かりが絶望的だ。

・・・・・・こんな所で脳内議論をしていても仕方が無い。これは頭の隅に留めるだけにしておく。

俺は少し冷めたコーヒーを飲み干し、会計を済ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドの扉を開ける。その瞬間、籠った煙草の臭いが俺の嗅覚を攻撃する。

ハンターにはガラの悪い奴が多く、ほとんどが喫煙者だ。

依頼を受けるには時間の掛かる手続きを踏む場合もあり、そういった場合はこの部屋で待ってもらう事になる。

それ以外にも仲間を誘う為の場としても使われる為、必然的に多くのハンター達がこの部屋に溜まる。

この部屋は禁煙という訳ではないので文句は言えないが、鼻の利く狼人にとってはこの部屋を通り過ぎるだけでも苦痛だ。

そんな中、部屋の隅で椅子に座っている小さな犬獣人を見つけた。1週間前、俺がギルドに加入させた奴だ。

記憶の年齢からすれば7歳、自称17歳の少年だが、このギルドの中でも擢んでた魔法の才能を持っている。

俺はその犬獣人・・・・・・アレンに近づいていく。

アレンはふっと視線を上げた。俺に気付くと、大きく手を振った。

「ルドルフさん! ちょっと久しぶりだね。」

ここ数日の間、アレンはサイザーに捕まって研究室に詰め込まれていた。

・・・と、いうのをオリフィスから聞いた。

アレンがギルドに入った初日にも実験と検査をしていた、とサイザー本人から後で聞いた。

実験の内容は気になるが、特に変化は見られないようで安心した。

久しぶりというのは、俺は初日以来アレンに会っていなかったから。

アレンの事はほとんどオリフィスに任せて、俺はその翌日には別の仕事の為ヴァリエントを離れていた。

俺のマスターとしての仕事は意外と多い。ギルドにいつもいるという訳ではないのだ。

ヴァリエントには昨日の夜に帰ってきたばかりである。

「ギルドの生活には慣れたか?」

「まぁボチボチね。サイザーの検査はだいぶ慣れたけど。」

俺がそう聞くと、アレンは少し悩んだ後に笑いながら言った。

アレンはサイザーに記憶喪失の事を話したらしい。

アレンが言うには、サイザーはアレンの魔法の才能について詳しく分析したかったらしい。

今の段階ではその才能の手がかりは見つかっておらず、もしかしたら失われた記憶が関係しているのではないか・・・・・・というのがサイザーの仮説である。

そういうわけで、サイザーはどうにかしてアレンの失われた過去の記憶を取り戻してやろうと、また1人で研究室に籠っているらしい。

アレンも自分の記憶を取り戻したいから、サイザーの怪しい研究というか分析には積極的に協力しているという。

利害関係の一致、という事にはなるのだが・・・・・・不安な部分はある。

サイザーは一度集中すると手がつけられなくなる。

命にかかわる事はしないと思うが、何をしでかすか分からないというのは恐ろしい事だ・・・・・・

「実験もいいが、程々にな。アレンにはギルドの仕事もして貰わなければならないからな。」

かなり強引に加入させたという自覚はあるが、結果としてアレンもギルドのメンバーとなった。

ギルドにいる以上は最低限の事くらいして貰わないと困る。

記憶を取り戻すのも大事な事だ。それは俺も十分承知している。

しかしそれとギルドの仕事は何の関係もない。

「分かってるよ、それくらい。だからこうして依頼の手続きが終わるのを待ってるのにさー。」

アレンは少し拗ねたように言った。

子供扱いされるのを嫌う割に、言動は子供っぽい。質が悪いな・・・

「・・・・・・で、どんな依頼を受けたんだ?」

話を逸らすように依頼の内容を聞いてみる。

「旅の商人の護衛だよ。」

「護衛? アレン1人でか?」

「うん。」

当然のように答えるアレン。

俺はわざとらしく肩をすくめてやった。

「アレン、お前は魔術師だろう。いくら無詠唱で魔法が使えるとはいえ、1人では厳しいんじゃないか。」

「だってみんな忙しそうにしてて、誰も一緒に行ってくれないんだもん・・・・・・」

ギルドにいたメンバーには声を掛けたらしいが、全員他の依頼があるといってすぐに出払ってしまったという。

一緒に連れて行ってくれるようにも頼んだがそれも全部断られ、仕方なく1人で依頼をこなす事にして今に至ったようだ。

しかしハンターの連中とは一緒に行きたくないらしい。怖いから、という理由で。

・・・・・・声を掛けたとしても、ハンター達には相手にされなそうな気がするがな。

実力は本物だが、それを相手が知らなければ見た目で判断するしかない。

アレンの外見では・・・・・・やや頼りなさがあるだろうし。

「あ、そうだ! ルドルフさんが一緒に来てくれればいいんだよ!」

「無理だ。」

「拒否はやっ!」

アレンの閃きを一蹴する。

それはそうだ、俺はギルドのマスターなのだから。

他にやらなければならない事が山積みになっている。

今日の昼頃には、次の仕事の為にまたヴァリエントを離れなければならない。

ギルドのマスターってのは意外と忙しいんだよ。

「なんで無理なのさー。」

提案を拒否されたアレンは、ぶーぶーと不満を鳴らした。

面倒だったが、仕方が無いので説明してやる事にする。

「ロウの王都は知っているな?」

ロウ王国の王都であり首都。一般的に王都、またはそのままロウとも呼ばれる。

当然、国王はここにいる。

国内外から、様々な獣人やモノが集まってくる大都市だ。

「俺は昼頃には王都で別の仕事がある。それが無ければ同行してやれるんだが・・・・・・」

ヴァリエントからだと、王都までは徒歩で2日程度。

割と近い距離にあるからテレポーターを使ってもそこまで金は掛からないが、経費削減のためテレポーターは使わないで行こうと思っている。

サートゥンからアレンを連れ出した時とは違う。あの時はすぐに離れなければならなかったから・・・・・・

と、俺がそこまで説明した所で、アレンが瞳をキラキラさせて俺を見ているのに気付いた。

「王都? 今王都って言ったよね?!」

「あ、ああ。」

噛みつかれるかと思うくらい、顔をぐっと近付けてきたアレン。

妙に嬉しそうな顔をしている。これはもしかすると・・・・・・

「僕の護衛も王都までなんだ! だから一緒に行こう!」