数分後、依頼の手続きが終わった。

依頼主のハリス(雄)という商人は街の北側にある宿屋で待っているというので、俺達は準備を整えてから依頼主の所へ向かう。

王都までなら強力な魔物が出る事もないだろうと考え、割と軽装で固めた。

皮革を加工して作られた戦闘用のアーマー、グローブ、ブーツ。

戦闘用なのでそこそこの強度があり、ちょっとした旅などにも十分対応できる。

最後に愛用の太刀を腰に差す。

刀の類はニホンでは一般的だと言われているが、これも噂に過ぎないので実際どうなのかは分からない。

切れ味を増す為に大きく反っており、刃は片側のみについている。

 

アレンは一般的な冒険者向けの服を着ていた。

肩にはいつか見たバッグが掛けられている。

しかし、武器を持っていない事に気付いた。

その事について尋ねると、アレンは自身の右腕を差し出した。

アレンが魔力を込めると、手首のあたりに複雑な紋章が浮かび上がる。

そして紋章が一瞬大きく輝くと、金属製の錫杖が現われた。

アレン曰く『僕の魔力を利用してサイザーが作った変な技術』らしい。

再びアレンが魔力を込める。錫杖は光の粒子になって紋章に吸い込まれた。

原理はアレンも全く分からないらしいが、便利だから問題ないと言う。

・・・・・・詳しい事は帰ってからサイザーに聞いておくか。

 

 

 

依頼主は糸目の熊獣人。宿屋の101号室に泊まっている。

主人に一言告げてから、俺達はその部屋へ向かう。

木製の扉をノックする。軽く高い音が響いた。

少し間が空いてから扉が開かれた。

扉の向こうから現われたのは、聞いていた特徴と全く同じ糸目の熊獣人。

糸目というよりも、むしろ完全に閉じられているように見える。というか閉じられている。

それでちゃんと見えているのか。

「ハリスさん、だな?」

「そうですが・・・・・・・・・・・・どちら様?」

確認するまでもないかもしれないが、念のために訊いておく。

のんびりとした口調でハリスは答えた。

熊獣人特有の巨躯の持ち主。

俺よりも頭1つ分くらい背が高い。

大柄な体格だが表情は柔らかく、威圧的には感じられない。

「王都への護衛という依頼を受けて来た。ルドルフだ。」

「ぼ、僕はアレン!」

ハリスはうんうん唸りながら頭を掻く。

そしてしばらくボーっとした後に「ああ、そういえばそんな依頼をしたような・・・・・・」と言った。

・・・・・・こんなペースに合わせて話をしていたら日が暮れてしまう。

俺は依頼と報酬の確認、その他の打ち合わせを始めるように提案。

ハリスの是非は確認せず、部屋の中へ入った。アレンもそれに続く。

ハリスは何も言わずに部屋の扉を閉めた。

 

打ち合わせと言っても、移動手段やルートを相談したり魔物に遭遇した時の段取りなどを決めただけだ。

それも非常にシンプルで、徒歩で危険の少なくかつ最短となるルートを通っていく。

ヴァリエントと王都のちょうど中間あたりには『ボールド』という街がある。初日はその街を目指す。

魔物に遭遇した場合は、俺とアレンでハリスの安全を最優先にして魔物を蹴散らすなど、その程度の確認をしただけ。

打ち合わせは5分ほどで終わった。

出発は今日中という事になっていたが、なるべく早いほうがいい。

ハリスに今すぐ出発する旨を伝え、アレンと宿の前で待機する。

しかし、いくら待ってもハリスが出てくる気配がない。

アレンにハリスを呼びに行かせ、さらに5分が経ってようやくハリスが出てきた。

ハリスは、出発の準備をしている途中で居眠りをしていた。それで出てくるのが遅くなった・・・・・・と言う。

俺は呆れて何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

雲がほとんど無い晴天。移動をするには丁度良い。

風がもう少し弱ければ最高だったんだが。

俺達は街道に沿って進んでいく。

街道は街同士を繋ぐ道。

道に迷う心配が無く、魔物が出にくいというメリットもある。

出にくいというだけで、出るときは出るのだが。

この辺りには高いランクの魔物はいない。出たとしてもCランク程度。

・・・・・・とはいえ、無駄な戦闘はなるべく避けたい。いつ何が起こるか分からないからだ。

 

 

しかしハリスの歩くスピードが遅い。

というより動作の全てがいちいち遅いのだ。

王都へは2日あれば到着できる。

しかしこのままのペースでは到底無理だろう。

それどころか今日中にボールドに辿り着く事も出来ないのではないか。

「うわーーー! 高い高い!」

そんな俺の気持ちに気付くはずもないアレンとハリス。

アレンはハリスに肩車をさせて、高い視点からの景色を楽しんでいる。

ハリスもアレンのはしゃぐ様子を見て嬉しそうな表情をしている。終始糸目だから分かりづらいが。

そんな事をしているせいで、元々遅かったハリスの歩くペースはさらに落ちる一方。

「はしゃぐのもいいが、足を動かすのを忘れるなよ。このままだと日が暮れるぞ。」

「わかってますよ。 ね、アレン君。」

「ねー。そんなに急いでたら楽しみが減っちゃうよ?」

ねー、じゃない。

いつの間にそんなに仲良くなったんだ。

「何を能天気な・・・・・・・・・・・・これは仕事だ。遊びに来ているんじゃない、楽しむなどといった事は・・・・・・」

「あーーー!!」

アレンが突然叫んだ。

街道脇の草むらを指差している。

「なに、あの金色の走ってるヤツ! きもい!」

「ああ・・・あれはディジェネレートリザードの子供だね。二足歩行するEランクのトカゲの魔物。

大人になると鱗の色が金から茶になるから、退化って意味の名前が付けられたんだよ。」

「へー、ハリスさんって物知りだねー!」

「そんな事ないよ・・・・・・たまたま知ってただけで・・・・・・」

「あ、じゃああそこにいる変な虫は?」

「んっと、あれはねー・・・・・・」

 

・・・・・・・・・・・・無視か。

少なくとも上官に対する態度ではないな・・・・・・

ハリスもハリスで、アレンに乗せられて気を良くしたのか、アレンの質問攻めに嬉々として答えている。

・・・・・・仕方がない。こうなったら諦めるしかないのかもしれない。

王都での仕事は重要なものだが、多少遅れても問題無いはずだ・・・・・・と思考を無理矢理切り替えなければ。

でないと俺の精神上に良くない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

ああ。

なぜあの時、俺は2人のペースに合わせてしまったんだ。

 

黒い空、月と星がよく見える。もう数日もすれば満月だ。

それでも数メートル先も見えないほどに暗く、同時に風も冷たくなってきた。

まだボールドには着いていない。本当に日が暮れてしまったわけだ。

「ルドルフさん。ボールドまであとどれくらいですか?」

俺の数歩後ろを歩くハリスにそう尋ねられた。

「・・・・・・このままのペースだと2時間くらいだ。」

本当ならとっくに着いていたはずだが―――とまでは言わないでおく。

ちなみに肩に乗っていたアレンは、今はハリスに横抱きにされている。

暗くなり始めた頃。やけにアレンが静かだと思ったら、既にハリスに抱えられて眠りに落ちていた。

こいつは・・・・・・何しに来たんだろうか。

「意外と遠いもんですね、隣の街なのに・・・」

いや、決して遠くはない。

くどいようだが、単に歩くのが遅かっただけだ。

他に何の理由もない。

ハリスには自身の歩くスピードが遅いという自覚は無さそうだ。

急ぐと旅の楽しみが減る、というアレンの言葉が理解できない訳じゃないが・・・

これは仕事だ。俺は旅人でも何でもない。

「とりあえず今は魔物に襲われる前にボールドに――――――」

到着出来れば問題ない、と言いかけてやめる。

それと同時に動かしていた足も止めた。

「? ルドルフさん?」

ハリスもその場で立ち止まった。

俺は太刀に手を掛け、周囲の様子を探る。

「ハリス、アレンを起こせ。」

「は、はい。 ・・・・・・アレン君、起きて起きて」

ハリスがアレンの体を揺さぶる。

少し間があって、ようやくアレンが目を覚ます。

「・・・・・・ん、なに? ボールド着いた?」

欠伸交じりに、そんな事を言う。

暢気な奴だ。

「アレン、魔物だ。 ―――囲まれている。」

「「えっ?」」

アレンはハリスの腕から降りると、錫杖を取り出して構えた。

グルルル、という唸り声が聞こえてくる。声質から、狼という事は分かった。

この辺りに棲息している夜行性の狼はナイトレイドくらいしか思いつかない。

四方八方から、ジリジリと詰め寄られている。

先手を取るか、迎え撃つか。

ナイトレイドはDランクの魔物だが、群れとなると・・・・・・。

「・・・我らに光の加護を・・・・・・っと。プロテクション!」

『プロテクション:無属性中級補助魔法

物理ダメージを軽減する。効果範囲は狭い。』

アレンが魔法を唱えた。

青白い光が一瞬、暗い街道を照らす。

その光で、俺達を囲む魔物の姿が確認できた。

・・・・・・こいつは違う。ナイトレイドじゃない。

「・・・・・・ブラックウルフ!」

 

 

 

ナイトレイドよりも2つランクが高い、ブラックウルフ。

Cランク程度の魔物しか出ないと思っていたが、ブラックウルフはBランク。

この辺りでBランクの魔物が出没するという報告は受けていないが、その詮索は後回しだ。

ブラックウルフは名前の通り、漆黒の毛皮を持つオオカミだ。暗闇に紛れて、群れで獲物を狩る。

ランクから分かると思うが、ナイトレイドよりもはるかに手強い。

腕や肩から流れる血を拭うと、痺れるような痛みが走った。

とにかく数が多すぎる。俺が仕留めたブラックウルフは6体。アレンも恐らく同じくらいだろう。

Bランクの魔物だけに、生命力も高い。

ナイトレイドなら一気に蹴散らす事も出来ただろうが・・・・・・思わず舌打ちしてしまう。

後方のブラックウルフの相手をしていたアレンに目をやる。

それほど目立った外傷はなさそうだったが、かなり疲れているようだった。肩で息をしている。

「無事か、アレン!」

「な、なんとか・・・・・・ちょっと疲れちゃったけど・・・・・・!」

戦闘状態の緊張と、補助魔法の効果が切れないようにずっと掛け続けている事、そして俺と自身への回復。

いくら魔法のセンスがあるとはいえ、消耗は激しいだろう。

 

正面から向かってきたブラックウルフの牙をかわし、カウンターで一太刀浴びせる。

腹の大部分を切り裂かれても尚、こちらに向かってくる。

その生命力は立派だが、今は黙って寝ていてほしい。

動きの鈍ったブラックウルフの首を刎ねた。

胴体から離れた首が足元に転がる。残りはあと3体ほど。

後方のブラックウルフは片付いたようだ。

アレンがこちらの支援に回る。

「もう少しだ、アレン! 気張れよ!」

「・・・・・・っりょーかい!」

本当なら旗色が悪くなった時点で撤退して欲しかった。

が、このレベルの魔物にそんな知能があるはずもない。

一直線に真っ直ぐ向かってくるブラックウルフの攻撃をかわし、一閃。

続けざまにもう一体に一太刀浴びせた。

「浄化の炎、焼き尽くせ! フェニックスアロー!」

アレンの発動した火属性の魔法により、辺りが明るく照らされる。

掌大の炎の鳥が10体ほど現われ、回転しながらブラックウルフに刺さっていく。

被毛と肉の焼け焦げる臭いが周囲に広がる。

残った最後の一体も、アレンの魔法で黒焦げとなった。元々黒かったが。

・・・・・・ようやく全部片付いたか・・・・・・

アレンは力無く地面に座り込んだ。

「・・・・・・・・・・・・っだぁ〜、しんどっ!!」

「・・・・・・同感だ。まさかあんな群れに襲われるとはな・・・・・・」

「お疲れ様です・・・・・・」

刀身に付着した血を拭き取り、鞘に納める。

終始オロオロしていたハリスも無事なようだ。

・・・・・・っと、いつまでもこんな所でのんびりしてはいられないぞ。

「行くぞ、2人とも。」

「えぇー、ちょっと休もうよぉ・・・・・・」

俺も休みたいが、生憎そういう訳にもいかない。

「こんな血生臭い所にいたら、臭いを嗅ぎつけてきた魔物にまた襲われる羽目になる。

どうせ休むなら少し離れた所か、あるいはこのままボールドに着くまで進んだ方がいい。」

そうアレンに説得する。

「うへー、歩きたくないなぁ・・・・・・」

そう言いながらもアレンは渋々立ち上がった。

・・・・・・どうやら完全には納得しきれていないようだ。

全く、仕方ない。

 

俺の特殊能力は『トランス』。

今はこうして獣人の形態でいるが、自分の意思で四足歩行の狼型へ移行する事が出来る。

特殊能力は、獣人なら誰もが必ず1つ持っている未知の能力だ。

未知だけあって、どういう仕組みで成り立っているのかは解明されていない。

俺はその特殊能力を使い、狼型になった。

アレンとハリスが呆然と俺を凝視している。

「・・・・・・歩きたくないんだろう? 乗れ。」

狼型でも喋る事は出来る。

体の構造は、さっきのブラックウルフなどの狼とほとんど同じ。

メリットは早く走れる、人を乗せる時に楽、など。

アレンは昼間のトカゲだか虫を見つけたようなキラキラした目で、俺の背中に乗った。

・・・・・・軽い。

「すっげ! すっげもふもふ!!」

ハリスに肩車されていた時のようにはしゃぐアレン。

さっきまでの疲労はどこへ行ったのか問いたくなる。

 

・・・・・・さて、さっさとボールドに向かうとしよう。

そろそろ俺も、温かい飯と柔らかいベッドが恋しくなってきたからな。