きっかけは、本当に些細な事だった。
くだらない事で口論になり、思わず「出ていけ」と言ってしまった。
それを聞いたアイツは、目に涙を滲ませながら何も持たずに飛び出した。
しかし、どうせ晩飯の時間になれば帰ってくるだろう事は予測できていた。
アイツは元々そういう奴だから。
喧嘩をするたび意地を張って、二度と口をきかないと自分から言い出しておきながら、その日の夜には折れていて、何事もなかったかのように甘えてくる。
そんな奴だから、喧嘩をしても特に気にする事なく今まで過ごしてきた。
だから、今回もそうなる。
無意識のうちにそう考えるようになってしまった俺は、倒れるようにしてベッドに寝転んだ。
それからどれほど経っただろうか。
突然の巨大な音に目が覚めた。
どうやら雷が近くに落ちたらしい。
雨や風も相当強く、びゅうびゅうという風の音と窓に叩きつける雨の音が凄まじい。
天気予報ではここまで強い雨が降るとは言っていなかった気がする。
いや、言っていたか。
どっちだったか、はて。
・・・と、のんびり考えている寝ボケ頭。
何か重要な事を忘れているような気がする、と考えること数秒。
俺はすぐさま起き上がり、傘を持って外へ飛び出した。
風雨は思ったよりも強い。
傘は強風によって吹き飛ばされ、玄関から20mで使い物にならなくなったので捨てた。
濡れた服と体毛が重い。
それにしてもこんな雨の中を、徒歩で外出しているアホは俺とアイツくらいだろう。
曇っていて薄暗いが、起きたのが早い時間で良かった。
日が沈んでからでは、捜索はより困難だっただろう。
アイツがどこへ行ったのかは、なんとなく見当はつく。
アイツの事だから、どこかの建物の中にいるとは思えない。
自分、もしくは俺との思い入れがある場所にいる。
または、俺が真っ先に探しに来そうな場所。
アイツはそういう奴だから。
俺とアイツの両親は友人の関係だった。
それにより、俺達は物心つく前からずっと一緒に遊んでいた。
それから毎日、小学校に入っても中学校に入ってもずっと一緒だった。
同じ高校を受験して、今も同じ大学に通っている。
俺がアイツを意識し始めたのは中学生の頃だった。
それまで俺は異性を好きになることなんて全く考えたこともなく、まして同性に想いを抱くなんて有り得ない事だとすら思っていた。
アイツは違った。
俺の事を好きだと言った。
友達としてではなく、恋愛の対象として好きだと言った。
俺にとってその言葉ほど衝撃的なものは無かった。
なんの前触れもなく、突然そう言われれば誰でも衝撃を受けるだろうが、今はそれは置いておく。
ただの幼馴染だと思っていた奴に告白された。しかもそれは今まで生きてきて初めての告白。
相手は同じ雄。
それらが同時に押し寄せてきて、何も考えられなくなって。
返事は今度でもいいかと、絞り出すように言うと。
アイツは笑顔で頷いた。
その笑顔を見て、自分の胸が高鳴るのを感じた。
初めての感覚。
返事は今度と言ったけど。
既に答えは決まっていた。
しかし、いくらアイツが単純な性格だからといって。
本当に思った通りになるとは、いやはや。
案の定アイツは、俺とアイツが昔よく遊んでいた公園のベンチに座っていた。
俺と同じようにずぶ濡れの状態だ。
やれやれ、と思いつつアイツに近づいていくと、アイツも俺に気付いたようだ。
立ち上がり、俺に向かって走ってくる。
そのままの勢いで、俺に抱きついた。
俺もアイツを抱きしめた。
アイツは泣いていた。
涙なのか鼻水なのか、雨のせいで全くわからない。
子供をあやすようにして頭を撫でてやる。
強い雨の中、二人の雄が抱き合う光景は傍から見たら異様だろうが、そんな事はどうでもいい。
泣きながら、雨音にかき消されそうなほどの小さい声で、ゴメン、とアイツは言った。
知らなかったとはいえ、結果的にこんな土砂降りの中へ追い出した俺の方が悪い気がする。
俺も意地っ張り故に、なかなか言い出せない事も多いが、今回だけは言う。
俺の方こそ、悪かった。
Fin.