鼻水をすする音と、唸り(呻き?)が一定の間隔で交互に聞こえてくる。

時々くしゃみも混ざるようだ。

俺のものじゃない。

原因は、俺の目の前で寝ているコイツ。

長時間雨に打たれ続けていたせいで風邪を引いて、寝込んでいるのだ。

今は熱を計っている。

絶対に病院には行かない、と言って聞かないコイツ。

病院で何があったのかは知らないが、一度こうなってしまったら、たとえ何が起こっても首を縦に振らない頑固者。

今回は・・・・・・いや、今回も、それが悪い方向に出てしまったようだ。

俺もそれは分かっていたので、渋々それを承諾した。

すると、体温計からピピピッと数回電子音が鳴った。

どうやら検温が終わったらしい。

コイツは寝間着に手を突っ込んで体温計を取りだした。

数秒間ボーッとしたのち、体温計を俺に渡す。

どれどれ、とデジタルな数値で表わされた体温を見る。

38.2℃。

・・・・・・それほど高熱って訳でもないらしい。

あまりにも辛そうにしているから、てっきり39.0℃オーバーだと思っていたが。

何も言わずに体温計を戸棚にしまっておいた。

このくらいの熱なら、何もしなくても2〜3日放っておくだけで治るだろう。

念のため、額に熱冷ま●ートを貼ってやった。

いきなりの冷たい感覚に一瞬身体を震わせてコッチを睨むが、弱々しい印象しかない。

続けて風邪薬か、もしくは解熱剤を探したが見当たらなかった。

いつの間に切らしていたのかは分からないが・・・

あって困るようなもんじゃないし、それにいつ必要になるかもわからないし(むしろ今必要か?)

せっかくだから買ってくるか。

少しくらいならコイツに留守を任せても大丈夫だろう、すぐに帰ってくるし。

俺は脱ぎ捨てて放置していた服を適当に着た。

財布と携帯と家の鍵・・・・・・よし、OK。

「・・・・・・どっか行くのか?」

弱々しい声で尋ねてきた。

「薬なかったから買ってくる。すぐ帰ってくるけど、もし何かあったら電話しろよ」

それだけ言って、俺は家を出た。

 

 

 

すぐ近くなので、俺は歩いて薬局へ向かう。

昨日の台風(と知ったのは後の事)のせいで、木の枝やゴミなどがあちこちに散乱している。

木や電灯が倒れているとかは無かったが、そんな中を走り回っていたら風邪も引くだろう。

・・・・・・そういや、俺はピンピンしているな。

馬鹿は風邪を引かないとは言うが、それが完全な間違いだったというのが証明されたな。

 

昨日とは打って変わって、空は雲一つない晴天。

日差しも強く、蒸し暑い。

羽織っていた上着を脱ぐ。

適当故にタンクトップ1枚になってしまったが別にいいか、近所の薬局に行くだけだし。

数分歩くと、目的地に到着。

自動ドアをくぐる。

冷房の効いた店内。

涼しさについつい長居してしまいたくなりそうだが、アイツが留守番している事もあるのでやめた。

いつも常備してある風邪薬を手に取り、店内を物色して回る。(犯罪って意味じゃないぞ

普段はあまり来ないから、他に何か必要なものがあれば買っておきたいし・・・

それに買い物自体が好きだし。

特に何か買いたいものが無くても、こうやって眺めているだけで楽しい。

薬局という名目ではあるが、菓子類や生活用品などもある。

そういえばティッシュが残り2箱だったな・・・・・・・・・

 

 

 

 

あれやこれやと次から次へと不足しているものが浮かんできて、すぐに帰るつもりが、気付けば結局1時間弱も 店内をうろついていた。

両手にビニール袋を引っ提げて来た道を戻る。

相変わらず蒸し蒸しとする。

しっとりと汗をかいてきた。

時期的に少し早いが、帰ったら扇風機でも出すか・・・

と、考えているうちに、あっという間に自宅に着いた。

数部屋しかない多少ガタのきているアパートに、俺とアイツは住んでいる。

高校を卒業して大学へ進学するにあたり、実家から半ば強制的に追い出された俺は(親父が作りだした妙な家訓で、高校を卒業したら家を追い出されるのだ)大学の近くへ引っ越す事になった。

それを聞いたアイツは、自分もそこで一緒に住みたいと言い出した。

アイツの両親は最初はそれには反対していたものの、俺も一緒に説得してなんとか承諾してくれた。

追い出されたとはいえ、大学卒業までの学費とそれまでの生活費は出してもらった。

ついでだという事で、アイツの学費と生活費も、全て親父が用意した。

もちろんアイツの両親には何の相談も無く、勝手に。

金銭面で苦労をする事は全く無いにしても親父の金に頼り切りではいかんだろうと思い、俺は近くのファミレスで、アイツはファーストフード店でちゃんとバイトをしている。

金属の階段を上がっていくと、カンカンと高い音が鳴る。

2階に住んでいるのは俺達だけだから、この音がする=俺達のどちらかが帰ってきた合図だ。

玄関を開ける。

既にアイツは首をこっちに向けて待っていた。

「・・・・・・遅かったな」

おかえりの一言も無いのか?

確かに時間はかかったけど。

両手の袋をドサッと下ろす。

大きい荷物に、コイツも不思議そうな顔をした。

「・・・・・・風邪薬買いに行ってたんじゃないのかよ」

「必要なものを色々買い足してたら、な。 ちゃんと風邪薬も買ってきてあるぞ」

「それ忘れたら、行った意味ねーだろ」

「可愛くない奴だな。せっかくお前の為に買ってきたのに」

「・・・へん」

昔は俺よりずっとチビだったのに高校入学した途端に急成長して、今では俺と数センチしか変わらないくらいの身長だ。

成長と同時に性格も随分と捻くれてきたというか、昔は可愛げのある奴だったのに、今では全然素直じゃなくなった。

コイツが素直になる時っていうのは、昨日みたいな喧嘩の後だけ(しかもその日の夜まで

そのタイミングでしかそういう所が見られなくなって複雑だ。

 

買ってきた物を棚にしまう。

それが終わると、今度は冷蔵庫を開けた。

昨日の白飯がまだ残っている。

卵は・・・あるな。

「お粥作るけど、食えるか?」

「・・・食う」

料理好きな母親の影響で、小さい頃から料理を勉強させられてきた俺。

うちには専属シェフがいるが、趣味として、らしい。

そのシェフの調理風景を見せられ、また作り方の指導もされ・・・

いきなり本格的なフランス料理やら何やらの工程見せられて、その通りに作れる訳がないと思いきや。

数年もそんな事をしていたら、一人でも作れるようになり。

少しだけ応用を繰り返していくと、もう既に作れない料理はほとんどなくなっていた。

コイツと暮らすようになってからは、料理の担当はもちろん俺。

ただ、こんな狭いキッチンでフランス料理なんて作りたくないし、そもそもコイツは好き嫌いがハッキリしすぎていて、高級感のある料理は嫌いらしい。

理由は知らないがそういうことだそうだ。

そんなこんなで、シンプルで何の飾り気もない普通の卵粥が出来た。

鍋ごと持っていってテーブルに置く。

「完成〜っと」

それを聞いたアイツが上体を起こす。

まずは俺が一口。

・・・熱い。

けど美味い。

二人前だけど、これなら俺一人でも全部いけそうだ。

「・・・・・・」

 「お、悪い悪い」

 コイツの為に作ったんだった。

俺が全部食べてどうする。

お前もそんな目で見るな。

「俺のスプーンは・・・」

「いらないだろ。俺が食べさせるんだから」

「は、はぁ!?」

「ほれ、あーん」

ちゃんとふーふーして冷ましてから、口元にもっていく。

コイツが火傷したら大変だからな。

「い、いいって! 自分で食える!」 

「遠慮するなよ」

「してねぇ・・・・・・ゲホッ、ゲホッ」

「ほら、暴れるなって。 大人しくしろ」

「へん、お前に食わせてもらうんだったらいらねーよ」

カッチーン。

そこまで言うか。

そこまで言うなら仕方がない。

「・・・・・・せっかくお前の為に作ったのに」

奥義(演技)発動←

俺の演技はそこらの役者よりもはるかに優れているらしい(母親曰く

今まで何度コイツを騙してきた事か。

「お前が食わないなら作った意味が無いな。捨てよう」

「お、おい! 別に捨てる事はねーだろ!」

「・・・いらないんだろ?」

「それはお前が食べさせようとしたから・・・」

「嫌だったんだろ?」

「う・・・・・・べ、別に嫌だったわけじゃぁ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

 

 

「あーん」

「・・・・・・・・・あー・・・」

「どうだ、美味いだろ」

「・・・昔から料理だけは上手いよな」

「言うじゃないか」

今回も上手い事いって、大人しくさせられた。

落ち込んでいた様子が急に元に戻ったことに一瞬だけ不審な顔をされたが、そんなことは構わない。

ちなみに俺は昔、両親に勧められるがままに様々な習い事をさせられてきた。

さっきの料理以外にもスポーツ全般、武道全般。

それ以外には英語とかフランス語など20ヵ国語は話せる。

決して料理だけの獣人じゃないぞ(ここが重要だ

「でも料理の上手い恋人を持てて幸せだろ?」

「・・・別に・・・・・・」

そっぽを向かれてしまった。

照れ屋な奴め。

ま、これ以上からかって逆に機嫌悪くされるのもアレだし・・・

「ほら、あと少し食え。そしたら薬持ってきてやるから」

「ん・・・」

結局俺は食べさせるのに夢中でほとんど食べていなかった。

二人前をあっさり食べきれるなら全く心配ないな。

明日にでも元気になってそうだ。

 

 

 

さて、と・・・

薬も飲ませ終わったし・・・

する事が無くなったな。

昼間やっているテレビは全然面白くないし、かといって今から大学に行った所でって感じだし。

そもそもコイツを置いて学校に行っても、何も楽しい事なんて無い。

ふと、布団で横になっているアイツと目が合った。

考えること数秒。

俺はコイツの横に寝っ転がった。

「な、ななな、何だよいきなり!」

「添い寝してやろうと思って」

「うつったらどうすんだよ!」

それなら問題無い。

馬鹿じゃない奴は風邪を引かない事は証明済みだからな。

腕枕をしてやったら身体ごと反対を向かれた。

面白くないので背中から抱きしめてやると、一気に顔が真っ赤になった。

いつもだったらこんな状況になったらする事は一つしかないが、今日はコイツの体調が悪いから止めておくとして。

本気で眠くなってきたので、コイツの体温を感じながら俺は目を閉じた。