時刻は19時ちょい過ぎ。
俺は今バイト先のファミレスでバリバリ働いている。
今日は元々シフトには入っていなかったのだが、一人ドタキャンした奴がいて、どうしても人が欲しいから来て欲しいと急に言われたのだ。
いつもだったらそういった急な頼みは断る事が多いのだが、アイツは風邪薬が効いてぐっすり眠ってから心配無いし、時給を割増ししてくれるらしいので渋々承諾。
今日は割と客の数も多く、従業員一同忙しなく動き回っている。
こんな日に限って休みやがってあの野郎。
今度会った時には何か奢って貰わないと割に・・・・・・
『ピンポーン』
合わな・・・・・・
『ピンポンピンポンピンポンピンポーン』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・」
「・・・・・・・・・ん」
目が覚めたら真っ暗だった。
アイツは・・・いないのか?
今日はバイト無いって言ってたのに・・・
買い物にでも行ってるのか。
寝すぎで少しダルいが、熱は下がったし風邪も大分良くなった。
電気を付ける。
と、テーブルに紙切れが置いてあった。
どれどれ・・・・・・
『急にバイトが入って行く事になった。
晩飯も作れないくらい急だったから、今日はあるもので食べてくれ。
薬はテーブルに出しておくので食後にちゃんと飲むように。 カイルア』
・・・・・・親みたいな言い方だな。
アイツはとにかく目ざとい・・・というか、細かい。
几帳面だし、気配りも上手い。
悪く言えば神経質で、お節介な所もある。
・・・・・・いや、あいつの事はいい。
とりあえず今直面している問題は、今日の晩飯が無い事。
俺は一切料理が出来ない。
兄弟は皆料理や家事が得意だった。
でも、なぜか俺だけはそれらが全く出来なかった。
やろうと思えば出来る・・・のだが、下手なのだ。
だから何もしないで任せっきりにしていた。
家にいる時は毎日アイツが料理を作ってくれていた。
料理だけじゃないな。
洗濯も掃除も買い物も・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・晩飯どうしよう。
カップラーメンでも無いかと棚を漁ってみるが、無かった。
予想通りだけど。
アイツは料理が趣味みたいな奴だから、かなり楽しそうに料理をする。
ちゃんと栄養の事も考えているみたいだし、いつも何品も作る。
だから、カップラーメンとかレトルトとか冷凍食品などは一切買ってこない。
別に料理好きなのは全然構わないんだが、こういう時の為に少しくらい置いておけばいいのに、と思う。
コンビニにでも行こうかと思って着替えていると、外から階段を上ってくる音が聞こえてきた。
アイツが帰って来たのかとも思ったが、帰ってくるにしては中途半端な時間だ。
耳を立ててみると、足音がここの玄関の前で止まるのがわかった。
このアパートにはインターホンが無い。
しばらく経ってから、ドアがノックされる。
『こんばんわー! sgw急便ッス!』
・・・・・・宅急便?
ドアを開けると、無駄に爽やかな感じのする配達員が待ち構えていた。
見た感じ俺と同じくらいの歳に見える。
半袖にハーフパンツ。
宅配業界もクールビズか?
やけにでかい箱を持っているが・・・
「すいませんっ、ここに受け取りのハンコをお願いしまっす!」
「あー、はい・・・ちょっと待って・・・」
「はいッス!」
いちいち返事が元気だ。
この季節には暑苦しいが。
しかし困った。
ハンコが置いてある位置なんて知らねー・・・
アイツは一回使ったものをすぐ元の場所にしまうから面倒なんだよな・・・
手に届く場所に置いておけば楽なのに。
思い当たる所とか、入っていそうな引き出しやら棚やらを開けてみる。
・・・・・・ねーな。
「あのー」
どうしたものかと唸っていると、爽やか配達員に声を掛けられた。
「サインでもいいッスよ」
ボールペンのノックをカチカチしながらにこやかに言う。
最初から言えよ!
少し恥ずかしくなって、書き殴るようにサインをする。
「はい確かに! んじゃこれお荷物になりまっす! どうもありがとうございましたー!」
「・・・重っ・・・」
「あっ大丈夫ッスか? もし良ければ中まで運ぶッスよ」
「いや・・・・・・大丈夫・・・・・・」
こんな重たい物をずっと抱えてたのか、この配達員。
大丈夫とか言いつつも、すぐ足元に置いた。
配達員は俺に一礼し、心配そうにしながらも爽やかに去っていった。
それにしても、この荷物は一体何なのだろうか。
送り主は・・・・・・・・・カイルアの親父さんからだ。
開けて・・・いいのか?
もしかしたら大事な物かもしれないけど、中身はかなり気になる。
特にカイルアの親父さんからの荷物なんて、中身が想像できないから余計に開けたくなる。
昔から想像も出来ない事を平気でやりだす人だったからな。
俺がカイルアの家に遊びに行って、たまたま親父さんに会った時。
いきなり小遣いとか言って1万円くれた。
当時小学2、3年くらいの俺に。
旅行に行く時だって飛行機1機貸切にしたり、旅行先の遊園地を1日貸切にしたり、道路を一時的に封鎖したり・・・・・・
あの人の伝説は挙げ出したらキリがないんだよな・・・
遊んでもらった記憶は数えるほどしかないけど、一回一回が強烈なインパクトだから忘れないのかも。
・・・・・・・・・よし、開けよう。
少し緊張しながら箱のガムテープを引っ張った時。
ドンドンドンドンッ
ビクゥッ!
な、なんだ!?
「すいません、sgw急便ッス!」
さ、さっきの配達員か・・・
急に強くノックなんかしてきやがって、ビックリしたじゃねーか・・・!
ドアを開けると、肩で息をした配達員がいた。
「すいません・・・ペン渡したままで・・・」
額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら言う。
そういえば、と思って脇の棚を見ると・・・・・・あった。
そういえばペン返す前に荷物渡されたんだった。
荷物の重さに気を取られて忘れてた。
「ど、どうも・・・すいません・・・ゼエゼエ・・・・・・」
「・・・・・・・・・大丈夫?」
「はぁ・・・はぁ・・・・・・なんとか・・・」
本当に全速力で戻ってきたようだ。
その様子を見ていたらなんだか申し訳なくなってきて。
相変わらず呼吸の整わない配達員をよそに、俺は空のコップを持って冷蔵庫へ。
カイルアが毎日作っている麦茶をグラスへ注ぎ、配達員の所へ戻る。
配達員は不思議そうにこっちを見ていた。
「飲みます?」
「い、イイんすか?」
そう言いながら、既に麦茶を飲み出している。
グラスの中の麦茶は一瞬で無くなってしまった。
「・・・・・・っぷはー! 生き返ったッス!」
「良かったですね」
「ハイ!」
何が良かったのかは分からないが、あまりにも嬉しそうにしているのでそう言ってしまった。
「・・・っと! そろそろ帰らないと先輩に怒られるんで、失礼しまっす! ご馳走様っした! またお願いしまっす!」
言うだけ言って、さっさと行ってしまう。
忙しい奴だな。
ドアを閉めようとしたが、完全に閉まらない。
僅かに隙間が出来ている。
思い切り力を入れて閉めようとしたら、下からプラスチックが割れるようなバキッという音がした。
嫌な予感がして足元を見てみると、確かにさっき配達員に渡したはずのボールペンが挟まっていた。
ボールペンは無駄に重い扉の間に挟まれたお陰で、外側のプラスチック部分が真っ二つになってしまっていた。
俺は何も言わずに破片とペンの軸を拾って、静かにドアを閉めた。
ちなみにその後、配達員は戻ってこなかった・・・・・・
「・・・・・・・・・にしても、今日はやけに客が多かったですね〜・・・w」
「そうだな・・・」
夜10時、ようやく退勤時間がやってきた。
あれからずっと客の込み具合は変わらず、1組帰っては1組が入り・・・の繰り返し。
休む間もなく数時間、全くとんだ災難だったな。
今は奥の部屋で退勤処理を済ませて、この時間にあがるもう一人のバイトと話をしていた所だ。
こいつは俺の高校時代からの後輩の、アッシュだ。
中学から格闘技をやっていてかなり良いガタイをしているが、どこかまだ子供っぽい部分が残っていて、人懐っこい性格の竜人だ。
そのせいでレイジの機嫌が悪くなったりすることもあったなぁ・・・・・・・・・いや、今もそうなる事はあるか。
ちなみにレイジっていうのは、いま家で寝ているアイツの事だ。
俺も柔道とか空手とかやっていた時期があって、多分そこから仲良くなっていったんだと思う。
そのあたりの記憶は曖昧だが、まぁいいだろう。
「そんじゃ、帰りましょうか?」
「ん、そうだな」
帰り道の方向が同じ事もあり、アッシュと一緒に入った時は二人で帰る事が多い。
レイジが同じ時間でバイトに入っている時は、アイツを迎えに行く関係で一緒には帰らないけど、それ以外だったら大体そうなる。
俺もアッシュもこのファミレスには歩きで来ている。
俺は家から近いが、アッシュの家は歩きだとここから30分程かかるらしいのだが、歩きで来る理由は『自転車に乗れないから』、『先輩と一緒に帰りたいから』だそうだ。
自転車に乗れないのは、小学生の頃に自転車に乗った状態で交通事故に遭ったのがトラウマになって乗れなくなったらしい。
その影響で原付も乗れないとかなんとか・・・・・・
「先輩? どうしたんですかそんな顔して」
「そんな顔ってどんな顔だ」
「何か昔を思い返しているような」
「大体合ってる」
お前の事を考えていた、とは言わなかった。
「考え事してる時の先輩もカッコよかったですよ〜」
「おだてても何も出ないぞ」
「やだなぁ、本心ですよ。 昔からめっちゃモテてたし・・・」
「・・・そうだったか?」
モテてたなんて感じたことなんて全く無いぞ。
「またまたぁ! ディケイド高校の人気投票でダントツの1位だったじゃないですかーw」
ディケイド高校は俺とレイジ、そしてアッシュも通っていた高校だ。
「・・・そんな人気投票、いつやってた?」
「学園祭の恒例行事ですよw」
「学園祭・・・」
毎年途中でレイジと抜け出してたから全く知らない・・・
「先輩目当てに学園祭にくる人もかなりいたらしいですけど」
「そう、か・・・初耳だ」
「でもほんとに羨ましかったですよ」
「アッシュはモテなかったのか?」
少し直球すぎただろうか。
アッシュが一瞬唸る。
「相変わらずストレートに・・・・・・・・・俺は全然ですよ」
意外だ。
社交的だし、外見も悪くない(むしろ良い方だと思う)のに。
「だからずーっと1人寂しく自家発電ですよー」
股間の前で、手で筒を作って前後に動かす動作をする。
てか、いきなり下ネタかい・・・
「先輩は相手には困らなかったんじゃないですか?」
「・・・確かに困りはしなかったな」
レイジがいたから。
「いーな、いーなぁ! とっかえひっかえなんて夢みたいじゃないですかーw」
「とっかえてもひっかえてもないって」
「えー、もったいない! たくさんの人をはべらせてなんて・・・・・・想像しただけで・・・グフフフw」
「・・・・・・;」
「じゃあ、ずっと一人だけだったんですか?」
「勿論」
「・・・・・・・・・その人ってちゃんと付き合ってる人?」
「ああ」
「・・・・・・・・・・・・いいなぁ・・・(ボソッ」
「ん、何か言ったか?」
「い、いや! なんでもないですよ、あは、ははは・・・」
「ふむ、そうか」
おかしな奴だ。
・・・おっと、そろそろ家に着くな。
やっぱり誰かと話したりしながら帰るのはいいな。
時間が経つのが短く感じられるし、何より楽しいし。
「じゃあ、またな」
「あっ・・・はい。 お疲れ様です」
「ああ、お疲れ。 おやすみ」
「・・・・・・・・・」
「どうした?」
「・・・・・・・・・」
アッシュはさっきまで楽しそうにしていたのに、急に浮かない顔をし始めた。
どうしたのかと尋ねても何も答えず、そのまま去っていってしまった。
・・・本当にどうしたんだ?
「なんだこれは」
「お前の親父さんから・・・」
そこそこ大きなテーブルが完全に埋まるほどの野菜が大量に積まれている。
床にはきゅうりの先端がいくつか入った皿が置いてある。
マヨネーズと味噌らしきものも確認できる。
「レイジ、まさか晩飯はこれか?」
「色々あって買いに行くのが面倒になったんだよ・・・・・・」
「あるもので食ってくれって書いたじゃないか」
「料理が出来りゃそうするっての。 それと、これ手紙」
「・・・・・・手紙?」
親父からだろうか。
『カイルアへ
ミスで過剰発注された分の野菜を送るから食え。
2日後にまた送る。
たまには帰ってきて顔を見せろ。
その時は必ずレイ坊も連れてくること。
海外への出張が多く家にいる事は少ないが、そこは息子としての直感を使え。
私の息子なら私が帰ってくる時期くらい分かるだろう。
ミランダもお前とレイ坊が帰ってくるのを心待ちにしている。
父』
中途半端な終わり方だな・・・
それに内容もめちゃくちゃじゃないか。
「親父さん、相変わらずだな・・・」
「そう、だな。 相変わらずだな・・・」
元気そうなのは良かったけど。
「それより、カイルア・・・」
「ん?」
「腹減ったからなんか作ってくれよ。きゅうりだけじゃ足りないぜ」
「そうだな、2日後にはまた大量の野菜が来るみたいだし、今日は野菜尽くしのメニューでいくか」
「食えるもんならなんでもいいぜ・・・」
次の日の朝昼晩も野菜尽くし。
その翌日にはまた野菜が届けられ。
さらにその翌日、今度は冷凍された肉類が届いた。
発注ミスってレベルじゃないだろうと思いつつも、心のどこかでは食費が浮いてラッキー、なんて思っていたりする。