「今日、隣に新しい入居者が来るそうだ。」

カイルアが服を脱ぎながら、コタツで丸くなっていた俺に言う。

別にバイトの為の支度をしているだけで、特に変な意味は無い。

本来なら今日は休みを入れているはずだったが、また急遽人手が足りなくなったらしく、頼みこまれたらしい。

普段のカイルアなら急なバイトは断るはずなのに、珍しい事もある。

しかしなぜこのタイミングで入居者の話を?

そして妙な違和感。

「ん、ちょっと待て。今日来るのか?」

「そう聞いてるぞ。」

「これから?」

俺は時計を見る。

もうすぐ午後7時だぞ。

24時間表記なら19時だ。

そんな時間に引っ越しなんてするか、普通?

「もし挨拶に来たら、ちゃんと対応してくれな。」

「言われなくてもするっつーの。」

俺を何だと思ってるんだこいつは。

「いや、第一印象って大事だろ? もし子供とかがいたら困るじゃないか。」

「何が困るんだよ。」

「うーん・・・・・・」

既に出掛けられる状態に着替えたカイルアが、腕を組んで次の言葉を言うか言うまいか考えている。

まぁ大体予想は出来てるけどな。

「どうせ顔が怖いからとでも言うんだろ?」

「まだ何も言ってないだろ。」

「笑いながら言っても全然説得力ねーし!」

「冗談だよ。適当に相手してくれるだけでいいから、な?」

チクショウ。

自分でもカイルアが冗談で言ってる事くらい分かってるのに。

それでもカイルアにおちょくられるとついムキになっちまうんだよな・・・・・・

そしてその後に必ずカイルアがかけてくれる言葉が妙に心地良い気がする。

「じゃ、行ってくる。留守番頼んだぞ。」

「おう、いってら。」

首輪をバッチリキメて、カイルアはバイト先へと向かった。

その背中を見送った俺は、仰向けに寝っ転がる。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

静寂に包まれる。

その静けさとコタツから伝わる温もり。

俺が睡魔に意識を奪われるまでそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン、という高い音が響く。

まだ深い眠りには入っていなかったようで、その音ですぐに目が覚めた。

反射的に口元をぬぐいつつ時計を見やると時刻はカイルアがバイトで家を出てから1時間くらい経った頃。

まだ帰ってくるには少し早すぎる気がする。

すると再びコンコンと高い音が鳴る。

音源は玄関から。

・・・・・・・・・・・・もしかして、例の入居者かもしれない。

俺は立ち上がって玄関に向かい、向こう側を確認せずにドアを開けた。

ドアの向こう側にいたのは、小柄な犬獣人だった(柴犬種)

背丈は中学生くらいのもので、顔つきもそんな感じ。

大きな目で見上げている様子は、さらに幼さを増幅させている。

しかしなぜだろう。

つい最近、この顔によく似たヤツをどこかで見かけたような気がする。

どこだったかな・・・・・・

「ども、こんばんは! お忙しい時間に失礼しまっす。」

声まで中学生みたいだ。

声変わりする前の特徴的な甲高い声。

あと、このノリも。

しかしこの声も最近どっかで聞いた事がある。

・・・・・・思い出せない。

ボケてんのかな俺。

「どうかしたんですか? ・・・・・・あっ、よく見たらウチの店によく来られる犬の兄ちゃんじゃないですか!」

「ウチの店?」

「この近くにディジーズ大がありますよね? そのすぐそばにあるコンビニで店長やってるんですよ。」

「ふぅん、あのコンビニで店長・・・・・・・・・・・・!?」

・・・・・・・・・・・・ん、ちょっと待て。

一瞬普通に納得しかけたが、それはちょっとおかしい。

確かにディジーズって大学はあるぞ。

というか、俺とカイルアはそこの学生だし。

そんでディジーズ大を出てすぐの所にもコンビニはある。

さっき言われた通り、俺はよくそこを利用する。

ほとんど雑誌の立ち読みするくらいでしか遣った事はないが・・・・・・

でも、こんな子供みたいなのが店長なんて・・・・・・考えられない。

むしろよく利用してそうなくらいだ、見た目からして。

コーラとか漫画雑誌買ってそうだ。

「一応言っておきますけど、俺こう見えても24ですからね。」

そう言って免許証を見せられた。

東雲穂琥斗、昭和62年7月7日生・・・・・・

「・・・・・・本当だ。てか俺より年上・・・・・・」

「だから言ってるじゃないですか。 ・・・・・・っていうか、タメ語でイイ? 敬語って嫌いなんだよねー。

君も俺に敬語なんて使わなくて全然良いからな。堅苦しいのはイヤなんだよ。」

「はぁ・・・・・・」

こんな中学生みたいな外見なのに俺より年上か・・・・・・

なんだかややこしいな・・・・・・

てか返事する前から敬語じゃ無くなってるし。

別にいいけど。

そしてカタイ喋り方が一転して、急にチャラチャラした喋り方に。

なんというギャップ。

「そうそう、俺の名前は東雲穂琥斗(しののめ ほくと)。君は?」

「俺はレイジ。もう1人カイルアってヤツがいるんだが、今はバイトに行ってる。」

「ふむふむ、レイジくんとカイルアくんね。おっけおっけー。これからよろしく!」

「ああ、よろしく。」

がっちりと握手を交わす。

「おっし、んじゃーカイルアくんが帰ってきたら遊びに来るよん。 それじゃっ!」

それだけ言い残して、穂琥斗は自分の部屋へと戻っていった。

東雲穂琥斗・・・・・・台風みたいだったな・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、レイジ。」

「おう。」

時計の短針が11の数字を通過してしばらく、カイルアが帰ってきた。

カイルアは疲れたー、とか言いながら首や肩を回している。

関節の鳴る音が俺にも聞こえてきた。

「結構忙しかったみたいだな。」

「ああ、家族連れと学生の集団がやたら多くてな。ずっと立ちっぱなしで腰が痛いのなんの・・・・・・」

カイルアが体全体を弓なりに反らせると、また関節が音を立てる。

それだけなら良かったが、カイルアはそのままストレッチと筋トレをし始めた。

着替えている途中だったから、上はシャツ1枚、下はボクサーパンツだけ。

見てるこっちが寒くなってきそうだ。

「カイルア、寒くないのか? その格好で・・・・・・」

「じきに温まるから大丈夫だろう。」

さっき疲れたって言ってたのに筋トレって、言ってること矛盾してね?

別に筋トレするのは構わないんだが・・・・・・その格好でするのはちょっとやめてほしい。

見なければいい、と頭では思っている。

しかし、俺の本能が視線を逸らす事を頑なに拒む。

その、体を動かしたときにシャツの隙間からチラッと見える腹筋とか、圧倒的存在感を放ってるボクサーパンツの膨らみとかから目を離すなと言っているのである。

服装には関係しないけど、時折漏れる熱い息遣いとかも・・・・・・俺を変な気分にさせる。

そんな視線に気付いたのか、腹筋をしていたカイルアが動きを止めて俺を見る。

「どうした、そんなに俺の筋トレが気になるのか?」

「いや、やっぱ服着てくれよ。」

「???」

「その格好見てると・・・・・・・・・・・・・・・・・・その、したくなる、ていうか・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふっ」

・・・・・・軽く笑われた。

「レイジがそんなことを言うなんて、珍しいな。」

「な、なんだよ、悪いかよ。」

「まさか。むしろ嬉しいくらいだ。」

カイルアが筋トレをやめて俺に近づいてくる。

俺もコタツから出て、カイルアに向き直る。

何とも言い難い雰囲気が俺とカイルアを包む。

ずいぶんと長いこと付き合ってきた仲だ。

何も言わなくたって、お互いの気持ちは汲み取れる。

特に、言葉を並べ立てるのも野暮だ、という時には。

カイルアの手が俺の肩に乗せられる。

真っ直ぐな優しい瞳が俺を捕らえて離さない。

見つめ合うのは未だに気恥ずかしい。

カイルアの整った顔がゆっくりと近づいてくる。

俺は目を閉じてカイルアを受け入れ・・・・・・・・・・・・

 

 

ドンドンドンドンッ

 

 

突然響いた音に、閉じていた目を見開いた。

カイルアも一瞬だけ鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、音がした方を見る。

俺もそれと同じ方を向く。

音の出所は、玄関。

なんかさっきも同じような事があったような・・・・・・

そしてドアの向こうから聞こえて来た言葉で、それは確信に変わった。

「レイジく〜ん! カイルアくん帰ってきた〜?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、はっはっは・・・・・・お楽しみのところをお邪魔して悪かったね〜w」

悪びれている様子が全く感じられないな。

カイルアは適当な服を着て、何事も無かったかのように振舞っている。

多分カイルアの事をよく知らないヤツは普通に見えるかもしれないけど、今のカイルアは相当不機嫌。

相手が隣人だからなんとか踏みとどまってるって感じがする。

「・・・・・・で? なんで穂琥斗は俺らの部屋に上がり込んでるんだ。」

「なーに、男前なレイジくんの相方も一目見ておきたいと思ってさ。そんだけ。」

「こんな時間に上がり込む理由にはなんねーだろ!」

「まぁまぁ細かい事は気にすんなって。 ・・・・・・それで、アレか?

君たち2人は本当に、いわゆる・・・・・・・・・・・・そういう仲だったりするワケ?」

「ああ、そうだが?」

「ぶっ」

俺はカイルアの淹れてくれたコーヒー(激甘)を吹きかけた。

「おいカイルア! なに言ってんだよ!」

「別に隠す事でもないと思ったんだが・・・・・・・・・俺が彼氏だと知られて困る事でもあるのか?」

「い、いやそれは・・・・・・」

やばい、カイルアの不機嫌ゲージを上げてしまったか・・・・・・!

「そんなん気にすんなって! 俺は雄同士でも抜けるからな!」

「おめーは何を言ってんだよ!」

「でもよー、ここの部屋あんま防音対策されてないみたいだからさ。ヤるんなら静かにヤッてくれよな。

あぁでも・・・・・・声が聞こえてきたらそれはそれで良いオカズになるかぁ・・・・・・」

「とりあえずてめーはさっさと自分の部屋に帰りやがれ・・・・・・!」

これ以上、穂琥斗をここに居させるのは精神的に良くない。

こんな辱めを受けるのは勘弁だし、迂闊な事を喋ってカイルアの不機嫌ゲージを上げないためにも、ここは追いだした方がいい。

「おっと、そういやもうそんな時間だったっけな。悪かったなー、どうしてもカイルアくんが見たくなって、いてもたってもいられなくて。

にしてもレイジくんの彼氏だけあって、カイルアくんもかっなーりのナイスガイだったなぁ〜w」

「早く帰れ!」

「だっはっは! んじゃおやすみぃ〜w」

穂琥斗は差し出されたコーヒーを一気に飲み干すと、物凄い勢いで自分の部屋へと戻っていった。

なんか・・・・・・話をしてただけなのにめちゃくちゃ疲れた。

たぶん普通の話じゃなかったからだな、うん。

カイルアも余計な事を言いすぎ・・・・・・

「レイジ」

「おわっ」

いつの間にか背後にいたカイルアに後ろから抱きしめられた。

背中に固いモノが押し付けられる。

「続き・・・・・・いいか? さっきからずっと我慢してたんだが、もう限界みたいだ。」

「・・・ああ、分かってるよ・・・」

 

 

その日は朝までお互いに求め合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、隣の部屋では・・・・・・

 

「・・・・・・今度部屋に上がった時にでもカメラか盗聴器でも仕掛けとくか・・・・・・」

 

壁に耳を当てながら、右手を忙しく動かす犬獣人がいた。

その事実を知る者はこの犬獣人以外は知らない。