「ふ〜〜〜〜ん。カイルアくんってば御曹司だったんだねぇ。そう言われてみれば確かに、そんなオーラが滲み出ているような・・・・・・」

相変わらず適当な事ばかり並べ立てる犬獣人(柴犬)。

この犬獣人・・・・・・東雲 穂琥斗は、このアパートに引っ越してきてからというもの、週4ペースで俺達の部屋に乱入してくる曲者である。

穂琥斗に言わせれば、隣人同士の親睦を深める為のものらしいが、流石に頻度が多すぎる。

そろそろ俺もレイジもウンザリしてきた所だ。

しかしなぜか無理に追い出す事はしなかった。

多分、その外見が子供に見えるからかもしれない。

子供にきつく当たるのは気が引けるから。

それにしても、穂琥斗は本当にコンビニの店長をしているのか。

ここ最近は仕事に出かけている様子もない。

外出したと思ったら、1時間もしないうちに帰ってくる。

まだまだ謎の部分は多い・・・・・・油断は出来ない。

「じゃーさ、大学出たらおとっつぁんの会社を継ぐのん?」

「それはまだ分からない。親父は俺が跡を継ぐことを強制していない。」

「それってつまり、進路の選択肢を狭めないようにする為の・・・・・・」

「親父から直接聞いた訳じゃないが、俺はきっとそうだと思う。」

「ほぇ〜、イイ話じゃんよー! レイジくんもそう思うっしょ?」

「・・・・・・・・・・・・そーだな。」

「なになにレイジくんてば、元気ないなぁ〜」

今までずっと会話に入ってこなかったレイジ。

テーブルに肘をついて拳にマズルを乗せ、天井のカドをじっと見つめて不貞腐れた顔をしていた。

原因は恐らく・・・・・・いや、間違いなく目の前の柴犬だろう。

穂琥斗は本当に絶妙なタイミングでやってくる。

俺とレイジが良い雰囲気の時や、ちょうど夕飯を食べようかと思っていた時などに限って姿を現すのである。

無視しようとすると余計に騒ぎ出すため、仕方なく相手をするのだが。

本当に厄介なのはそれからで、一旦相手をしてしまうと中々帰らない。

そしてレイジが不機嫌な原因が自分にある事に気付いていない。

これが一番厄介だ。

いや、確信犯でないだけマシと考えるべきなのか・・・・・・

「別になんでもねーよ。」

「なんでもないようには見えないなー。悩みがあるならお兄さんに相談してみ?」

「誰がお兄さんだ! 見た目も中身もガキのくせして、年上面すんな!」

「実際年上だし〜?」

「てめー、調子乗んなよ!」

「レイジくんなんかに捕まりませんよ〜〜〜っと。」

「待ちやがれっ! 元陸上部員ナメんじゃねーぞ!」

「おい、レイジ・・・・・・」

言い争いをしていた2人だったが、穂琥斗は外へ逃げていった。

放っておけばいいものを、レイジまで一緒に飛び出してしまう。

俺はレイジを引き留めようとしたが、聞こえてなかったみたいだ。

これでは穂琥斗だけを子供と言う事は出来ないな。

どっちが大人、とも言えない、2人ともまだまだ子供だ。

やれやれ、とコーヒーを片手に一息つくと、不意に俺の携帯が鳴った。

ディスプレイに表示されている名前を見て、俺は一瞬目を疑った。

「・・・・・・親父?」

親父が俺に連絡してくるなんて珍しい。

俺の親父へのイメージは、『毎日毎日、寝る暇も無いほど忙しい人』。

それは子供の頃からずっとそう思っていて、今でも根強く残っている。

忙しいあまり、家に帰ってくる事はほとんど無く、1年に数回程度しか会う機会が無かった。

俺は家にいる時間のほとんどをお袋、世話役、使用人、メイド達と過ごしてきた。

誕生日やクリスマス、正月を家族全員で過ごした事は・・・・・・多分、一度も無かった。

それでもその都度プレゼントを用意してくれたし、一緒に手紙を挟んでくれた。

達筆すぎて読めない事もあったけど、忙しい仕事の合間に、俺の為に書いてくれたんだと思うとそれだけで嬉しかった。

だから親父と一緒に過ごせなくても我慢するし、親父に会える時には会えなかった日の分を取り戻すくらいの勢いで甘えたものだ。

毎日寝る前に、お袋に親父の話をしてもらうのが日課だったっけな・・・・・・

あの時の話のほとんどは今も鮮明に覚えている。

・・・・・・ちなみに、今こうして親父から電話が掛かってきているという事も、かなり嬉しかったりする。

俺の親父のイメージはとにかく忙しい人だから、電話を掛けたらきっと迷惑なんじゃないかと思ってしまう。

だから滅多なことでは親父に連絡しないようになった。

メールを送っても返事が来るのは早くても翌日だし、遅ければ1週間後という事もある。

そんな親父から電話が掛かってきたのだから・・・・・・あとは察して欲しい。

・・・・・・っと、思い出に耽るのはそれくらいにしておこう。

俺は通話ボタンを押し、ゆっくりと携帯を耳に当てる。

「・・・・・・もしもし。」

「カイルアか? 儂だ。」

数年ぶりに聞いた親父の声。

受話器越しではあるが、間違いなく親父だ。

懐かしい。

「父上が私にご連絡とは珍しいですね。」

「うむ。変わりは無いか。」

「はい。お気遣い有難う御座います。」

・・・・・・子供の頃から、親父には敬語を使うように言われてたのが今でも残っている。

これはもう直しようが無いな。

「カイルアよ。今週末は何か予定は入っておるのか?」

「・・・・・・いえ、特に予定はありません。」

「レイ坊もか。」

「レイジは・・・・・・今は席を外しておりますが、恐らく問題無いと思われます。」

「分かった。では来週の土曜に車を向かわせる。詳しい説明はその時に聞くがよい。」

「どういう事ですか父上・・・・・・・・・・・・父上?」

・・・・・・切れた。

通話時間は1分弱、か。

必要な事だけを確認・指示。

相変わらず忙しいんだろうな。

親父の事となると、全て忙しいから、で割り切ろうとしてしまう自分が悲しい。

「・・・・・・さて、と」

レイジが戻ってきたらこの事を話しておかないとな。

・・・・・・それにしてもあの2人は一体どこまで行ったんだろうか・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして土曜日。

朝飯をレイジと食べている最中に玄関のドアがノックされる。

また穂琥斗かと思ったが、いつもの乱暴さが無い。

俺は玄関に向かう。

「・・・・・・どちら様ですか?」

俺が尋ねると、ドアの向こう側から落ち着いたトーンの声が返ってくる。

「カイルアぼっちゃま、お迎えに上がりました。」

聞いた事のない声だが、俺をその呼び方で呼ぶという事は・・・・・・

俺はドアを開けた。

「おはようございます、ぼっちゃま。」

カッチリとしたスーツ姿の獅子獣人がそこにはいた。

立派なたてがみを後ろで縛り、サイドも小さく束ねている。

スーツの胸ポケットには、ウチの使用人の証である勲章が付けられている。

「お初にお目にかかります。私、昨年から旦那様にお仕えしております須藤と申します。

御用がありましたら、何なりとお申し付けください。」

「・・・・・・須藤、父上から何か言伝を預かってはいないか?」

「はい。本日、旦那様がお邸に戻られるそうでございます。」

なるほど、そういう事か。

休みだから久々に顔を見せに来いって事だな。

「分かった。ではすぐに支度をしよう。」

「畏まりました。私は外で待機しております故、準備が整いましたらお声掛け下さいませ。お召し物は平素の物で結構でございます。」

そう言って一礼すると、須藤は静かにドアを閉めた。

振り返ると、一連の流れを見ていたレイジが固まったまま俺を見ていた。

「どうした?」

「・・・・・・いや、別に。なんでもねえよ。」

「そうか。とにかく、話は聞いてただろ? それ食ったら支度するか。」

「・・・・・・お前、なんか・・・・・・」

「ん、何か言ったか?」

「いや、なんでもない。」

目を泳がせてコーヒーをすするレイジ。

俺も特に追及はしなかった。

 

 

 

さっと身支度を済ませ、須藤に声を掛けた。

外はまだまだ厳しい寒さが続いている。

「待たせたな。部屋で待っていてもらった方が良かったか?」

「いえ、この程度の気温ならば問題ありません。では参りましょう。」

アパートの階段を下りた先の駐車場には、ボロい外観のアパートには不釣り合いな高級車。

だが、この車は初めて見る。

須藤が後部座席のドアを開けたので、俺はレイジに先に乗るよう勧めた。

レイジも時々ウチの車に乗る事はあったはずだが、なぜか妙に緊張しているらしかった。

久しぶりだし、仕方ないか。

「この車は最近買ったものか?」

「はい。旦那様が先月ご購入されたものでございます。」

「なるほど。」

運転席に座る須藤に尋ねると、そう返ってきた。

車がゆっくりと動き出す。

近所の人たちが物珍しそうな目で俺達を見ている。

確かにこの辺りの狭い道路を高級車が通る事なんてほとんど無いからな・・・・・・・・・・・・ん?

「レイジ?」

「・・・・・・どうした?」

「それはこっちの台詞だ。さっきからずっと静かじゃないか。具合でも悪いのか?」

「そんなんじゃねぇよ。ただちょっと緊張してるだけだ。」

「そんなに固くならなくてもいいんだぞ。ただ俺の親父に会うだけなんだから・・・・・・・・・・・・あ、須藤。」

喋り方に素が出た。

須藤は「承知しております」と言い、そのまま続ける。

「ぼっちゃまの仰る通りでございます。旦那様も奥様も、レイジ様の事も家族のように想ってらっしゃいます。

ぼっちゃまとレイジ様の過去の御話を、いつも私にお聴かせ下さいます。」

「それは分かってるんだけど・・・・・・俺の親父とは全然違うからさ・・・・・・」

「そうか? かなり似てると思うぞ。社長って意味では同じだし、性格も結構・・・・・・」

「あんなボロ会社と一緒にすんなよ。比べるだけカイルアの親父さんに失礼だぜ。」

「レイジ、自分の父親を悪く言わない方が良いぞ?」

「いいんだよ、少しくらいなら!」

レイジの父さんは、俺の親父の友人だ。

若い頃に建設会社を立ち上げて、今も現場に出て指揮・監督をしている。

子供の頃、レイジの家でレイジの父さんと一緒に遊んだ記憶は今でも残ってる。

俺は父親に遊んでもらうなんて事が数える程度しか無かったから、毎日家に帰ってきてくれる父親がいるっていうのが少し羨ましかった。

いつも汗臭かったのも、今となっては強烈な思い出だ。

しかしレイジは自分の父親の事をあまり良く思っていないようだ。

確かにレイジが大学に進学する時、親父から猛反対されたってずっと愚痴ってたし、それ以外にも色々聞かされる事はあった。

俺が言えた事じゃ無いかもしれないが、レイジの話を聞けば聞くほど、レイジの為を思っての反対だったり叱責なんじゃないかと思った。

親の心子知らず・・・か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・相変わらず、ひっろいな・・・・・・」

「あのアパートに住んでいると感覚が狂うな。」

「いやいや、あれが正常な感覚だと思うぜ・・・・・・」

使用人・メイドを総員した出迎えを受け、玄関ホールを抜ける。

調度品が大幅に変わっていて新鮮な印象を受けたが、やはり実家は懐かしい。

適当に話をしながら、当時の自室へ向かう。

須藤によると、自室は調度品も含め全て当時のものを残しているという。

途中でレイジは俺とは別の部屋へと案内されていった。

かなり不安そうな表情をしていた。

その表情を見て、俺も不安になってきた。

・・・・・・レイジの事が。

 

長いようで短く感じられた廊下の先に、俺の部屋があった。

昔は重く感じた扉を開ける。

その先は、本当に当時の光景をそのまま残したとでもいうのだろうか、そんな空間だった。

この部屋だけ時間が止まっていたかのようだ。

「旦那様が戻られるまで、まだお時間がございます。先にお着替えを済ませましょうか?

それともそのままお邸を見て回られますか?」

「そうだな・・・・・・着替えを済ませてからにしよう。見て回るのはそれからでも問題無いだろう。」

「畏まりました。すぐにお持ち致します。」

須藤はそう言って部屋を出た。

「・・・・・・しかし本当に懐かしいな。まだ数年しか経っていないはずなのに・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

さっきの須藤って執事だか使用人だかに代わって、神田っていう猫獣人に案内をされた。

その執事に通された部屋が、今俺がいる来客用の部屋らしい。

カイルアの家には何度か来た事はあるが、この部屋に入るのは初めてだと思う。

まず第一印象は、広すぎる。

今住んでいる部屋よりもずっと広い。

きっとあの部屋が3つくらい簡単に収まるんじゃないかってくらいだ。

で、神田って執事が言うには、後で着替えをするから待ってろ、との事だった(本当はもっと丁寧な言い回しだったが

仕方ないから、アホみたいにでかいソファーでくつろいでいたところ、不意にドアがノックされた。

返事をすると、数人のメイドさんが無駄に装飾の多い服を持ってやってきた。

まさか今からこれに着替えろっていうんじゃ・・・・・・

「本日レイジ様にお召し頂くのは、最高級の素材を用いて作られた礼服でございます。」

「ではこちらへどうぞ。」

礼服ねぇ。

俺にはちょっと豪華すぎるような気もする。

そんな事を思っていると、メイドさん達が俺の周りを囲んで・・・・・・

「え、ちょっ、なんだなんだ!」

「お召し替えのお手伝いでございます。」

「じ、自分で着替えるからいいって!」

「そうはいきませんわ。レイジ様のお世話をする事が私達に命じられた仕事なのですから。」

「う、うぅぅ・・・・・・」

メイドさん達の妙な使命感と威圧感。

俺は大人しく抵抗を止めた。

手慣れたようにするすると俺の服を脱がせていくメイドさん。

なんか・・・・・・すげー恥ずかしい。

他人に服を脱がされるなんて・・・・・・・・・・・・と思ったけど、今まで散々カイルアに脱がされてきたっけ・・・・・・

なんて思っていたら、メイドさん達が一斉に手を止める。

俺の今の格好はボクサーパンツ1枚だけ。

「レイジ様。下着もお召し替え致しましょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」

メイドさんの1人が手にしている布。

それがいわゆる下着だと思うのだが、その大きさからして間違いなく下半身に身につけるもので・・・・・・

それも着させてもらうという事は、今穿いているボクサーパンツを脱がされるという事で・・・・・・

「いや! いい! 自分でやるから!」

俺はメイドさんからパンツを奪い取って後ずさる。

これまたこんな反応慣れたもんだとばかりに、メイドさんは揃って俺に背を向ける。

なんだか必死になって抵抗していた自分が恥ずかしくなってきた・・・・・・

 

 

その頃カイルアは・・・・・・

(レイジ、大丈夫かな・・・・・・)

こちらもメイドによって礼服に着替えさせられていた。

数年前までは日常の1コマのようなものだった為、メイド達の前で一糸纏わぬ姿になるのも大した事に思っていなかった。

むしろ・・・・・・

「カイルア様、ご立派になられましたね。呉羽は大変嬉しゅうございます。」

「ふっ、どこを見て言っているのだろうな、呉羽。」

そんな冗談を交わすくらいに余裕でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着替えが終わって、ようやく解放される・・・・・・と思っていたら、今度は髪型のセットが始まった。

でかい鏡の前に座らされ、2人がかりで髪をいじくられる。

メイドさんは、ただ黙々と鏡と俺の頭を見ながら作業をしている。

無駄に広い客間は、その作業によって発せられる音だけが響く。

しかし疑問だ。

いくらカイルアの親父さんに会うからって、わざわざ服を着替えたり髪型をセットしたりする必要があるのか?

会うだけだったらここまでしなくてもいいんじゃないのか。

「・・・・・・・・・・・・レイジ様。このような仕上がりで如何でしょうか。」

そんな事を考えている間にセットが終わったようだ。

如何でしょうかと言われても、特に希望を聞かれた訳でもないし、どんな髪型になっても早く終わってくれればそれで良かったんだけど。

静かな雰囲気が少し気まずく感じてたくらいだし。

「お召し物は旦那様のご所望のものをご用意させて頂きました。

白を基調としたもので、かなり斬新なスタイルとなっておりますが、レイジ様ならば間違いなく着こなせるだろうと仰っておりました。」

「髪型もそれに合わせたセットとなっております。」

斬新、か・・・・・

まぁ確かに、こんなにジャラジャラした装飾が付いた服は斬新かもしれない。

大企業の社長ともなると、服の選び方やセンスも変わってくるのだろうか。

庶民的な目線から見ると、この服のどこがオシャレなのかさっぱり分からない。

「旦那様の仰った通り、とても良くお似合いでございます。」

「・・・・・・似合ってる? 本当に?」

「ええ、もちろん!」

いまいち腑に落ちないけど、気にしないふりをしておいた。

 

 

 

 

 

さっきのメイドさんに案内されてやってきたのはカイルアの部屋。

部屋に入ると、椅子に座りながらうつむき加減に何やら考えているカイルアを発見。

カイルアも俺と同じく着替えを済ませていた。

黒ベースの到って普通な・・・・・・燕尾服?

首にはやっぱり首輪が巻かれていた。

・・・・・・外せよ! 意味ねぇよ、それ。

しかし首輪以外は全く問題無く、大人というかスマートというかそんな印象がする。

あくまでも首輪以外は。

「カイルア?」

「・・・・・・・・・・・・」

俺はカイルアを呼んだ。

しかし反応が無い。

俺が入ってきた事に全く気付いていないらしい。

「カイルアー」

「・・・・・・・・・・・・ふぅ」

カイルアのすぐ目の前まで近づいて呼ぶ。

返事は無い。

返事の代わりに吐かれたため息。

そのため息も、どうやら俺に向けられたものじゃないらしい。

「カイルア!!!」

「ぅおっ!?」

無視されている気がして(実際されてるけど)面白くなかったので、カイルアの耳元で大声で名前を呼んだ。

するとカイルアは心底驚いたような顔をして椅子から飛び上がった。

「レ、レイジか・・・・・・脅かさないでくれ、まったく・・・・・・」

「何回呼んでも反応しなかったから仕方ないだろ。」

「そうなのか? ・・・・・・悪かった、全く気付かなかった。」

椅子から飛び上がるくらい驚くカイルアを見たのは初めてだ。

あと、名前を呼んでもそれに気付かないくらい考え込んでいるのも。

いつも落ち着いていて、急に何かが起こっても全く動じずすまし顔。

声を掛けて反応が無かった事なんて今までに一度も無かった。

「お、やけに派手な服だな。でも似合ってるぞ、うん。」

少し笑いながらカイルアは言う。

でもやっぱりどこか不自然。

笑った事が不自然って事じゃなくて、笑い方がいつもと微妙に違う。

話の逸らし方が微妙に強引だし。

「カイルア・・・・・・お前、さっきと様子が変だぞ。」

「なに、少し考え事をしてただけだ。気にするな。」

「それが変なんだよ。俺、今まであんな深刻そうな顔して考え込んでるカイルア見た事ないぞ。

俺がいくら呼んでも全然反応しなかったし・・・・・・」

「あのな。俺にだって考えたい事の1つや2つくらいあってもいいんじゃないか?」

俺の事となるとウザいくらいに心配したり話を聞き出そうとするくせに。

カイルアはあくまでもはぐらかすつもりのようだ。

最初は心配だったから聞いてたけど、だんだんその態度にイラついてきた。

「何考えてたんだ?」

「さぁ、何だろうな。」

「・・・・・・なんで隠すんだよ!」

「お前に話してもどうしようもない事だからだ。」

「てめぇ・・・・・・ふざけんな!」

さらりと言われたその言葉。

どうしても我慢できなくなって、とうとう俺は切れた。

「俺の事には散々口挟んでくるくせして、自分の事となったらそれかよ!?」

カイルアの胸倉を掴んで怒鳴った。

しかしカイルアは表情1つ変えずに俺を見つめたままだ。

冷たい視線。

いつものケンカでも見た事が無いような顔。

言いたい事は山ほどあるのに、射抜くような視線のせいで言葉に詰まる。

「お前に心配して貰わなくても結構だ。」

「・・・・・・っ!」

その一言で何も考えられなくなって、気が付いた時には俺はカイルアの頬を殴っていた。

右の拳が痛い。

カイルアの口の端から血が流れる。

その血を手の甲で拭いながらも、視線は一直線に俺を見据える。

「・・・・・・馬鹿野郎っ!!」

その刺さるような視線と、衝動的にカイルアを殴ってしまった事に居たたまれなくなった俺は、何も言わず部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・どうしたのだ、その顔は?」

「先程、レイジと少々やらかしてしまったもので。」

「・・・・・・・・・・・・?」

レイジが部屋を飛び出してから、5分と経たないうちに今度は親父が部屋に来た。

一体いつの間に帰って来たのか。

自分の父親であるにも関わらず、色々と掴めない所が多いと思う。

それにしても、数年ぶりの親父との再会をこんな気分で迎える事になるとは思わなかった。

そして交わした第一声が再会を喜ぶものではなく、殴られた顔を気遣うものになるとは。

口の中には鉄っぽい味のするぬめりとした液体が広がっている。

きっと頬は殴られたことで若干腫れているのではないだろうか。

親父が不思議に思うのも無理はない。

「それで、そのレイ坊はどこにいるのだ。」

「先程部屋を出ていきました。すれ違いませんでしたか?」

親父は、ふむ、と一息ついた。

恐らくもう全て把握してしまったのだろう。

親父には隠し事が出来ないな。

「今日お前を呼んだのは単に顔を見る為ではない。いや、勿論それも1つの理由ではあるが、ほんの些細な事に過ぎない。

・・・・・・須藤からはどこまで聞いたのだ?」

やっぱりな。

「父上が私に大事な話があるという事。その内容は私がスカイズを継ぐか否かという事。

・・・・・・・・・・・・私とレイジがどういった仲なのか、父上は既にご存知であるという事。

そしてそれがどういう事を意味するのかを私に確認する為であると聞きました。」

 

 

着替えを済ませた後、須藤に全て打ち明けられた。

内容はさっき俺が言った通り。

須藤曰く、隠し通すのは心苦しかったとの事だ。

とは言うものの、親父や須藤に言われるまでもなく、いずれは俺自身で答えを出さなければならない事だというのは分かっていた。

分かっていたのだが、それを考えてしまうとレイジと2人でボロいアパートに住みながら大学へ通っていた毎日が壊れてしまうような気がして。

だからその事は極力考えずに過ごしていた。

それが問題の先送りにしかならないと知りながら。

もし俺がスカイズを継いだら、今の親父のような忙しい毎日になる事だろう。

レイジに会えなくなる日が続く。

レイジのいない生活などが、どうして耐えられようか。

さらにややこしい事に、バークハルト家の血を引く者でスカイズを継ぐ事の出来る者は俺しか残っていないのだ。

「・・・・・・もし私がスカイズを継がなかった場合、血縁の無い外部の者がスカイズを担っていく事になります。

父上がその事に関してどのような考えをお持ちなのか、お聞かせください。」

「自らの歩む道を儂に委ねるつもりか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「お前が真に成し遂げたい事があると言うのならば、儂は無理にスカイズを継がせる事はせん。

しかし血縁の無い者がスカイズを継ぐという事が、過去の前例に一度として無かったことを念頭に置いて決断してもらわねばならん。」

「・・・・・・この家を出てから幾年が経ちましたが、私は未だに自身が成すべき事を見つけられずにいます。

父上のお考えであれば、私はスカイズを継ぐべきでありましょう。しかし私にはどうしても捨てられないものがあります。」

「レイジの事だな?」

俺は静かに頷く。

親父は大きく溜息を吐いた。

どうやら親父にとって、その事が一番の懸念材料であったのだろう。

「儂にも見通せなかったわ。まさかお前が雄と結びつく事になるとはな。」

眉間に何本もの皺をよせながら親父は続ける。

「もしお前がスカイズを継いだとしても、レイジとの関係が続けばいずれ後継者はいなくなる。

そしていずれにせよ、バークハルト家の血は途絶える。それは変わらぬ事実だ。

それでもお前はレイジを手放すつもりはないというのか?」

それは今までにない、重みのある言葉のように聞こえた。

しかし逃げるわけにはいかない。

いや、逃げようなどという考えはとうに捨て去った。

俺にとって一番大切なものはなんだ?

そう自問すれば、自ずと答えは導けるから。

約束された地位?

血族を絶やさない為に大切な物を捨てる度胸?

・・・・・・違う、そうじゃない。

俺は拳を強く握り、思い切り自分の顔面をぶん殴った。

レイジに殴られたのと同じ場所。

さっき切れた場所が再びえぐられたように痛み出した。

親父は眉1つ動かさずに俺の様子を眺めている。

この動じない図太さはやはり親父譲りらしい。

・・・・・・・・・・・・気合は十分。

「俺にとって一番大切なのはレイジだ! 親父に文句は言わせない!」

これが俺の答えだ。

親父はゆっくりと俺に近づいてきて、そして・・・・・・

「・・・・・・この親不孝者めが・・・・・・」

「っ・・・・・・」

強烈な右フックを繰り出してきた。

3度目の拳は・・・・・・刺激的すぎる・・・・・・

「こうなる事ならば、お前をこの屋敷から出すべきではなかったのかも知れん。」

「それは残念だったな。」

「それが父親に対する口の利き方か。」

2度目の右フックは容易にかわす。

これ以上はさすがに後に響きそうだ。

「・・・・・・好きにするがいい。お前がそう決めたのなら儂はもう何も言わん。

お前のような馬鹿息子は儂の元には不要だ・・・・・・」

「そうですか。なら好きにさせてもらいますよ。」

「その代わり、1つだけ条件がある。」

「・・・・・・・・・・・・条件?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイジ!!!」

「どわああああぁぁぁあぁくぁwせdrftgyふじこlp;@!?」

「・・・・・・ふふ、はははは・・・なんなんだその驚き方?」

「て、てんめぇ・・・・・・!」

中庭で1人ぽつんと座っていたレイジ。

後ろからゆっくり近づいて、さっきの仕返しとばかりに耳元で大声を出してやった。

すると予想をはるかに上回る驚きっぷりを見せてくれました。

飛び跳ねて腰を抜かすなんて、よく出来たコントみたいなリアクションをしてくれるなんて。

そういうのを求めていたんだよ。

俺、大満足です。

「・・・・・・今更機嫌直しに来たって遅ぇよ、バカ。」

顔を赤くしていつものツンツンモードに戻るレイジ。

地面に座り込んだままこっち睨んでも、全然迫力が無い。

「いや、すまん。お前の言った通り、俺は馬鹿野郎だった。でも、お前が殴ってくれたお陰ですっかり目が覚めた。」

「・・・・・・・・・・・・」

「帰ったら全部話すから。だから許してくれ、な?」

「・・・・・・・・・・・・分かった。けど、その前に・・・・・・」

「ん?」

「この服、早く脱ぎたい・・・・・・」

 

 

 

 

 

レイジの希望により、ついさっき着たばかりの礼服から私服へと着替え・・・・・・るはずでしたがその前に。

最後の機会なのでレイジと親父を無理矢理会わせました。

「おお、レイ坊か。大きくなったな。」

「親父さんも元気そうっすねー。」

さすがに事情を何も知らないレイジには強く言えないのか、親父もごく自然、時々不自然にレイジと会話を楽しんでいた。

俺は親父とは話す事もないし、そういう縁でも無くなっているので、その間に世話になった使用人やメイド達に挨拶して回る。

今まで俺の側にいてくれてありがとう。

皆がいてくれたから、親父がいなくても寂しくなかったよ。

 

一通り回った所で、1階ホールにいるはずのレイジを迎えに行く事にした。

ただ、すぐに戻るのも気が引けて。

もう2度と戻ってこないかもしれない実家だ。

最後に少しでも見て回ろうと、4階、3階・・・・・・と、しっかり目に焼き付けておく。

そして2階へと3階の踊り場で、今まで姿が見えなかった人をようやく見つける事が出来た。

「・・・・・・母上?」

「あらカイルア。ここにいたのね。」

小さな鉢植えを持ったお袋がそこにはいた。

親父もそうだったが、お袋も全く変わっていない。

「今までどこに行っていたの? 先程から貴方の姿を探していたのよ。」

「親父とちょっと話を・・・・・・・・・・・・あー、ゲホゲホ。父上と少々御話を。」

「ふふ、普段の話し方でいいのよ。」

また油断してて素が出た。

今更どうでもいいか。

「それで、どんな話をしたの?」

「スカイズを継ぐのかとか、そんな話だよ。」

他にも色々、っていうか俺にしてはそっちの方が重要な話だったけど。

「あら、そうなの? どうするかは決めた?」

「ああ。俺はスカイズは継がない。そう決めた。」

「そんなにすぐ決めてよかったの? もっとよく考えてからでも遅くはないと思うわ。」

「いいんだよ。それに、ついさっき親父に勘当されたばかりだから・・・・・・」

「それ、きっと勢いで言っただけだと思うわ。あの人いつもその場の雰囲気でペラペラ喋っちゃうから。

きっと貴方のいない所で、ものすごく後悔してたんじゃないかしら。」

「・・・・・・無い無い。」

あの親父が後悔なんて、想像も出来ない。

「何か困った事があったらいつでも帰ってきていいのよ。ここは貴方の家なんだから。

・・・・・・それから、レイジ君にもよろしくね。あまり喧嘩しては駄目よ。」

「・・・・・・ああ、気が向いたらまた来るよ。」

俺はお袋に背を向けて、階段を下り――かけて、またお袋を振り返る。

「お袋! お袋は俺とレイジの事、知ってるよな? いつから気付いてた?」

「そうねぇ・・・・・・貴方が14歳の頃からだったかしら。」

「・・・・・・なんで分かるんだろうな、皆。」

俺は再び踵を返す。

今度は振り返らなかった。

なんとなく、それだけ聞いておきたかったから。

 

 

 

 

 

 

ついに屋敷を後にする時が来た。

車に乗る前に、須藤が何度も俺に謝ってきた。

俺は必死に宥めたものの、須藤は全く聞く耳を持たず。

最終的には土下座までするから、もうどうでもよくなってきて、「さっさと車出せ!」と命令。

レイジは何が何だかさっぱり分かっていなかった、まぁ当たり前だけども。

須藤の運転は終始危なっかしいものだった。

背筋が凍るような思いをしながらも、我が家に到着。

なおも謝罪を続ける須藤を無理矢理実家に帰らせて。

小ぢんまりとした1ルームのボロ部屋。

でもやっぱり、俺が帰るべき家はここだな。

そして隣にレイジがいる。

それでいいんだ。

ようやく全てが終わった――と思ったのも束の間、レイジの質問攻めが始まった。

「まず、今回は親父と俺の話し合いがメインだった訳だ。その、将来の事とか色々。」

「おう。」

「そこで決まった事は、まず俺はスカイズを継がない。これからもレイジとずっと付き合う。その事は親父公認になった。しかしそれら全てを許す代わりの条件として、俺は親父から勘当された。以上!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいカイルア! 俺と付き合ったから勘当されたってどういう事だよ! 何で俺に一言も相談してくれなかったんだよ!」

「レイジに心配かけたくなかったから、うっかりしっかり隠してしまった。」

「なにがうっかりしっかりだ! お前ってヤツはあぁぁーーー!!!」

 

 

 

end.