「ありがとうございましたー」
俺は向井颯太。
ケーキ屋でアルバイトをしている人間だ。
そんな事を言っている今も、ケーキ屋でバリバリ働いている。
今日はクリスマスイブ、ケーキ屋が最も忙しい日である。
次から次へと、入れ替わるようにして出入りする客を捌いていく。
それは人間だったり獣人だったり、様々である。
休む暇はほとんどない。
一体いつになったら終わるのか。
閉店時間か、それともケーキが無くなるまでこのままなのか。
そんな事をぼんやりと考えつつ、俺はカウンターから伸びる行列に営業スマイルを引きつらせるのであった。
「向井くん向井くん向井く〜ん。」
そんなこんなで数時間後。
閉店まではまだまだ時間はあるが、ケーキが売り切れてしまったため今日はもう終わり、という事となった。
ケーキの在庫数が少なくなるにつれて、客足も徐々に減っていったのがせめてもの救いだった。
帰り支度をしていた途中で、店長に声を掛けられる。
俺よりも頭1つ分くらい背が高く、かなり威圧感のある厳つい白虎獣人である。
小さい子供が顔を見るだけで泣き出してしまうほどの強面で、本人もそれをかなり気にしているらしい。
普段から普通に優しい人だし、今まで怖いと思った事は初対面の時くらいだ。
・・・しかしこの顔でケーキ作って生計を立てているんだから、人は見かけで判断出来ないなぁと思う。
「お疲れ様です。どうかしたんですか?」
「はいコレ。」
そう言って店長から手渡された箱。
この店で使っているケーキ用の箱だ。
箱を持つ手はゴツくてでかくてフサフサしている。
本当にケーキを作る獣人の手なのかと疑ってしまいそうになるが、アルバイトとはいえ店員の俺がそんな事を言ってはいけないと思う、多分。
「私からのクリスマスプレゼントだ!」
「あ、ありがとうございます・・・」
得意げに笑って言う店長。
別にそんなに得意げに言う事でもないと思うけど・・・・・・
でも店長のこういう一面もちょっと可愛いとか思ったりして。
顔は怖いけど。
「彼女と2人で食べな♪」
・・・・・・ああ、この言葉が無ければ。
「・・・・・・・・・・・・・・・あー、はい。はい、どうも。」
「どうした、急に元気が無くなったぞ。」
「いえいえそんな事ないです。じゃ、お先に失礼します。」
「お、おう。気を付けて帰るんだぞ?」
外に出た途端に猛烈な寒さが俺を襲う。
今日は特別冷えるって予報で言ってただけの事はある。
その対策にかなり着込んできたんだが、それでもかなり寒い。
身体も、ついでに心も。
さっき店長に言われた、彼女と2人で食べろという言葉。
そして街に溢れかえるカップル達。
人間同士とか、獣人同士とか、人間と獣人もちらほらと。
どのカップルも幸せそうな顔をしている。
そんな姿に、俺の心はますますフリーズドライ。
「・・・・・・はぁ・・・」
ため息が白くなって夜風に消えていった。
このまま俺も消え入ってしまいたくなった。
極力、いちゃつくカップルなどは見ないようにしながら足を進め、ようやく自宅のアパートへ着いた。
鍵を開けて中に入ると、暗闇の中から待ってましたとばかりに飛びついてくる物体が。
「おっとと・・・・・・」
飛び付かれるのはいつもの事だけど、この癖は直した方がいいのだろうか。
手探りで電気のスイッチをオンにする。
部屋が明るくなり、ようやくその物体の姿が見えるようになる。
「ただいま、レン。」
レンとは、この部屋で俺と一緒に暮らしているハスキーである。
今俺に抱きついて、嬉しそうに尻尾を振っているのがそう。
ちなみに初めて会ったのは、近所の空き地に捨てられていたのを見た時。
まだ子犬だったコイツを放っておけなかった。
それで大家に頼み込んでなんとか飼う事を許可してもらって・・・・・・
それから数年、すっかり大人のそれと変わらないくらい大きくなったというのに、性格や行動は子犬の時と全く変わらない。
寂しがり屋で甘えん坊、家にいるときは俺にくっついて離れない。
まぁ・・・まだギリギリ可愛いと思えるからいいんだけど、さ。
ようやくレンの興奮が収まってきたようなので、俺もようやく玄関から移動する。
貰ったケーキを冷蔵庫に突っ込み、代わりに缶ビールを取り出す。
イケてない男の1人暮らし、料理なんて器用な事は出来ないので今日もいつも通りカップラーメンである。
水を入れたヤカンを火にかけた。
この間、レンはずっと俺の近くをウロウロしている。
くっついたり離れたり、そしてまたくっついて・・・
リビングへ移動する。
レンもそれに続く。
ちなみにこのリビングは寝室も兼ねている。
ワンルームだから。
部屋着に着替える。
コタツに入って、テレビを付ける。
実家から無理矢理持ち出してきた、この部屋には大きすぎる液晶のテレビだ。
大きすぎて目が痛くなりそうだ。
とりあえずチャンネルをコロコロ変えてみるが、どの番組もあまり面白くなかった。
今夜もアルコールの力を借りて乗り切るしかなさそうだった。
ラーメンを食べ終わり、冷蔵庫にあった缶ビール6本全て空けてしまった。
いつ取り出したか分からないつまみ類もほとんど残っていない。
点けっぱなしだったテレビには、カップルが何かの質問に答えているのが映っていた。
「・・・・・・・・・なんで俺には恋人がいないんだろう・・・・・・」
ぽつりとつぶやいた。
横でずっと寄り添っていたレンに視線を移すと、とぼけた顔で首を傾げた。
「なぁレン・・・・・・どうして俺には恋人がいないんだかわかるか・・・?」
「クーン・・・・・・」
レンにそう尋ねてみたが、レンは困ったような声を出す。
こいつは俺の言葉を理解してるんだかしてないんだか。
まぁ答えが返ってくるなんてこれっぽっちも思ってはいないけど。
「お前が俺の恋人になってくれればいいんだけどなぁ・・・・・・」
そう言ってみると、レンはまた首を傾げる。
・・・犬相手に何を言ってるんだ俺は。
アルコールによる眠気と虚しさに襲われた俺は、テレビや電気を消した。
その時には、既にレンは俺の布団の中に滑り込んでいた。
貰ったケーキの事などすっかり忘れて、俺も布団に潜り込んだ。
翌日。
妙な圧迫感がして、不快に思って目が覚めた。
視界には一面ふさふさした物体が。
頭から布団を被っているらしく、それ以外は何も見えない。
・・・・・・ああ、レンか。
そのふさふさもふもふとした感覚が心地よくて、もう一度目を閉じかけたがちょっと待て。
この物体がレンだとして、この首や背中と腹の両方から来る圧迫感は一体何なんだ。
レンに抱きしめられているのかと思ったが、犬の関節的にそれは無理がある。
しかもレンにしてはやけに大きすぎるような・・・?
しかしなぜか腕が動かせなかったので、思い切り身体をよじってみる。
すると一瞬だけ圧迫感が弱まったので、これぞ好機とばかりにレン(仮)を押し退けてみた。
ようやく拘束が解け、自由になる。
被っていた毛布をバサっとどかしてみると、そこには。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・レンだけど、レンじゃない物体が。
俺と一緒に暮らしていたレンは犬だ。
しかしここに寝ているのは獣人のような・・・・・・
「・・・・・・・・・んっ、んー・・・・・・」
「わっ」
レン(仮)が起きた。
押し退けた事と、急に毛布をはがしたから無理もないか。
目をこすり大きな欠伸を1つ、頭をボリボリと掻く。
そして目をあけたレン(仮)。
「・・・・・・レン、なの?」
「・・・・・・ん? 当たり前だろ、何言ってんだよ・・・・・・」
「いや、当たり前って・・・お前昨日の夜まで犬だっただろ!喋ってる事に自分で違和感持てよ!」
「なにバカ言ってんだよ。 犬が喋れるわけねーだろ・・・・・・・・・・・・ハッ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・とにかく、なぜか獣人になっちゃった訳だね、レンは・・・」
「そうだな。」
「とりあえず・・・服着れば? 俺のじゃ小さすぎるかもしれないけど・・・・・・」
話を聞いたところ、捨てられる前から俺に拾われて現在に至るまでの事を細かく覚えているらしい。
そんな訳でこの獣人がレンである事に間違いないらしいが・・・・・・
今は身体の隅々までチェックしたり、動作の確認をしている。
レン曰く、犬の時より動きやすい部分と動きづらい部分があるとか。
しかし元々犬だっただけに全裸でいる事に全く抵抗がないらしい。
俺の目の前で裸で動き回るせいで、目のやり場に非常に困る。
ソッチの気は・・・全く無いという訳ではないが、俺よりも一回りも大きく逞しい身体と一物を見せつけられると・・・
「服なんか着たくねえ。窮屈そうだし。」
「・・・・・・お前、なんか印象変わったな・・・」
「あ? なんか言ったか颯太」
「いや、別に・・・・・・」
犬の時は俺の傍にずっと寄り添ってて、可愛かったのに。
獣人になっただけでここまで変わっちゃうのか・・・
ちょっとショック。
「そんな事より腹減った。 メシにしようぜ、メシ。」
「それくらい自分で・・・」
「今までずっとそうだっただろ。早くしてくれよ。」
「獣人になったんだから出来るだろ、もう!」
とは言いつつも、仕方なく俺が朝飯の準備をする。
レンがあんなにワガママだったとは・・・・・・
俺、レンがこの姿のままでやっていけるか心配だなぁ・・・・・・
そう考えながら、いつものヤツをいつもの皿に入れてレンに出す。
するとレンは物凄い形相で吠えだした。
「ドッグフードなんか食えるかアホ! ペットの犬用だろうが、それ!」
「うわ、ごめん! 素で間違えた!」
続く(