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冬眠からさめて 第三話


 両前足で股間を押さえて、泣きそうな顔で走る森の仔熊。すでに膀胱の容量は超えており、1滴、また1滴と溢れ出していた。押さえる肉球は、すでにびしょびしょだった。
(あと少し、もう少しだから)
 そう自分に言い聞かせてきた。しかし、もう、限界だ。

 そう思った時、視界の奥に大きな木が見えた。ケンの顔が、ぱあっと明るくなった。そうだ、あの場所だ。母はいつもあの場所にマーキングをしていた。

 ケンの心が緩んだ、その瞬間だった。
「ばぁ!」
 草むらの中から女の仔が飛び出してきた。ケンは、うわぁと声を上げ、尻餅をついた。
「えへへー、驚いたー?」
 ケンは視線を落として、あっ、あっ、と小さな声を上げた。
「何、どうしたの」
 その視線を追って、今度はメグが、あっ、と小さな声を上げた。

 後足の間にある小さなホースから、ゆっくりとおしっこが流れていた。前足はもうそのホースを押さえることはできず、お尻の後方に置かれたままだった。ケンは絶望をもってその光景を眺め、メグは好奇心をもってその光景を見つめていた。おしっこの流れが止まっても、2匹の間には沈黙が広がっていた。

 先にそれをやぶったのは、メグだった。
「ご、ごめんね。まさかおもらししちゃうなんて」
「ううっ……ぐすっ……」
 ケンはその場で泣き出してしまった。メグはどうすれば良いのか、とまどっていた。
「えーと。ほら、さっき言ってたキレイな花よ」
 メグは頭にさしていた花を取り出して、ケンに渡そうとするが、そのまま泣き続け、受け取ってくれない。

「もう、しょうがないなぁ」
 メグは少し顔を赤らめ、ケンに抱きついた。ケンの泣き声が小さくなった。
「えへへ。おもらししたときは、こうやってお母さんに抱きしめられていたね」
 ――お母さん。そうケンはつぶやいて、メグに抱きついた。


「そう、私がケンちゃんのお母さんになってあげる」



冬眠からさめて   完




 

 
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