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災い転じて 第五話


「……ブイ、イーブイ」
 遠くからご主人さまの声が聞こえる。温かい手が、ぼくを揺れ動かしている。
 ゆっくりと目を開けた。
「どうしたの、ひどくうなされてたみたいだけど」
 今度は近くで声がした。ご主人さまが心配そうな表情で、ぼくを見つめている。
「ご、ご主人さま……」
 ぼくは、ぼくは。
「ご主人さま、ごめんなさい。ぼく、ぼく」
 涙があふれてとまらない。
「ぼく、おじっごがまんでぎませんでじだー」
「え、えー! そんな」
 ご主人さまはびっくりして、ぼくを持ち上げクッションに目をおとす。
「? 別にクッションはぬれてないみたいだけど」
「ぐすっ、ふぇ?」
 ご主人さまに下ろしてもらい、前足でさわって確かめてみる。
 そこにあったのは、いつものふかふかクッションだった。
「あれ、だってさっき……」
 思い出したくない記憶が、脳裏によぎる。
「うーん、多分それは夢じゃないかな?」
「夢?」
 振り返って、ご主人さまの目を見つめる。
「うん。イーブイ、今すごくおしっこいきたくない?」
 あっ。思わず頬が染まる。
「尿意は夢に反映されやすいから、ってその前におトイレだね」
 ご主人さまはぼくを抱いて、トイレまで連れて行ってくれた。
 足に伝わる砂の感触、夢の中と同じ。
(もしかして、またクッションの上にもどっちゃうんじゃ)
 そう思うと、おしっこが出ない。
 すごくおしっこしたいのに、おしっこできないよぉ!
 そんなぼくの様子を見て、大丈夫、私が見ててあげるからと、ご主人さまはやさしくぼくの体をなでた。
 夢の中のとは全然違う、やさしい声、やさしい視線。
「ふぁ……」
 次第に体の緊張感が解けていく。少しずつおしっこが出てきて、その勢いはだんだん強くなる。体中に満たされる開放感。やがて勢いは緩やかになり、水流は水滴に変わる。
「んっ」
 最後の一滴が出て、ぼくの体が小さく震えた。
 ご主人さまに見られているのは少しはずかしかったけど、すごく気持ちが良かった。
「よしよし、ちゃんとできたね。えらいぞっ」
 頭をなでてくれた。
「さっき言おうとしていたことなんだけどね。寝ている時におしっこいきたくなると、おしっこしたい夢を見るの。だから寝る前はちゃんとトイレに行って、水分を控えましょう」
 そういえば、寝る前にジュースいっぱい飲んだっけ。
「ごめんなさい」
 ぼくは頭を垂れる。
「でも、おねしょもせず、ちゃんとトイレまで我慢できたからね。えらいぞっ」
 また頭をなでてくれた。
 ぼくはもう胸がいっぱいになって、気が付いたらご主人さまの胸に飛び込んでいた。
「あっ、コラ」
 ご主人さまが軽くぼくを叱る。でも本気じゃないのを知っているから、ちっとも怖くない。
「もう、甘えん坊さんなんだから」
 そう言ってご主人さまは、ぼくを抱きしめてくれた。

 ご主人さま、大好きなご主人さま。
 ご主人さまは、ぼくにとって、世界一のご主人さまです!


災い転じて  完


 

 
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