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(作者注:この小説はゲーム発売前に書かれたものです)

レッドとショコラ


「サンドペーパー1択〜〜〜?!」

 少年の声が響き渡った。
 ここはイヌヒトのレッドとショコラが住む空飛ぶ船、アスモデウス。2人は兄妹で、様々なクエストをこなすハンターとして生計を立てていた。
 ある日のこと。いつものようにクエストをこなすため船で移動中、事件が起こった。レッドがトイレから出ようと思ったら、紙が無かったのだ。ショコラを呼んで助けを求めたが、今は工具箱しか持っていないらしく、
「サンドペーパーの目があらいのと、細かいのとどっちがいい?」
 と尋ねられていた。
「どっちも嫌だよ! 倉庫に行ってトイレットペーパーを取ってきてくれ、頼むから!」
 レッドはこの状況に焦っていたが、ショコラもまた焦りを感じていた。トイレはこの船にひとつしかなく、レッドが出ないことには、ショコラが使うことができない。
(もぅ!)
 レッドは結構トイレが長いため、先程からずっと我慢していたのだ。兄の声が聴こえて、ようやく終わったのかと思ったら、この有様である。
(正直、ちょっとやばいかも……)
 水風船のように膨れた下腹部を気にしながら、ショコラは倉庫へと向かった。

(えーと、えーと! どこだ、どこだったっけ!)
 ショコラは急いでトイレットペーパーを探すが、気持ちばかりが焦って効率が上がらない。
 ふいに、ショコラの体が大きく震えた。キョロキョロと辺りを見渡し、誰もいないことを確認する。そして、右手を足の間に持って行き、太ももできつく挟んだ。
(もれちゃう……)
 この船には2人しかいないのだが、一応確認するのは女の子としてのプライドだろうか。少し波が引くのをまって、トイレットペーパーの捜索を再開した。
(そうだ、確かこの上に)
 上の方に積まれた荷物を取るために、両腕と体を伸ばす。相対的にお腹が押されるような形になり、とてもつらい。ギュッと太ももを閉じて、水の流出を防ぐ。
(あ、あと少し)
 その瞬間、突風が吹き、船が大きく揺れた。
「うわぁ!」
 上手くバランスをとり転倒は免れたものの、足の間に温かいものを感じた。
「……!(や、やだぁ!)」
 慌てて両手で股間を強く押さえる。
(お願い止まってぇ!)
 幸い、それはすぐに止まった。恐る恐る片方の手を離して、股の部分を確認する。体にフィットした青いツナギは大丈夫のようだが、きっとその下の白い下着には、丸いシミができていることだろう。
(この歳になっておチビリしちゃうなんて……)
 少し涙が出てきた。
 力なく顔をあげると、目の前に白いものが見えた。
「……!(こ、これって!)」
 どうやら、先程の突風で少し荷が崩れて、上に積んであったトイレットペーパーが落ちてきたらしい。ああ良かった、そうつぶやいてそれを手にとった。すると手に何か固いものがあたった。不思議に思ってトイレットペーパーを持ち替えると、そこには黒光りするヤツがいた。
「キャー! ゴキブリー!!」
 ショコラは叫び声をあげトイレットペーパーを投げるやいなや懐からロケットランチャーを取り出しヤツに向かってぶっ放した。発射されたロケット弾はヤツに向かってまっすぐに飛んでいく。ヤツはカサカサと驚くべき速度でその場を退避し、射線からはずれる。だがショコラは慌てない。
「こんなこともあろうかと!」
 ショコラは指をパチンと鳴らすとロケット弾はまるで意志を持ったようにヤツを追尾する。
(捉えた!)
 ショコラが勝利を確信した瞬間、ヤツは羽を広げてゆうゆうと逃げて行った。
(なっ!?)
 いきなりのことで制御できなくなったロケット弾は荷物に突っ込み爆発。残ったのは瓦礫の山だった。

 ショコラは廃墟と化した倉庫の中に、呆然と立ちすくんでいた。
「なんで、こんなことに……」
 ショコラは糸の切れた操り人形のように力が抜け、太ももを床に付ける形で座り込んだ。うなだれて薄く目を開けると、股間から小水が流れ出ているのが見えた。止めようと思っても、攻撃の反動で力が入らない。
「どうした!? 何があった!?」
 音を聞きつけ慌ててレッドがやってきた。
「お、お兄ちゃん……」
 ショコラは座ったままレッドに顔を向ける。その頬には涙がつたっていた。
「ごめんなさい……大切な荷物……こんなにしちゃった……」
 レッドは倉庫とショコラの様子を見て、状況を瞬時に理解した。
 前にもこういうことがあった。メカにも操縦にも金銭にも強いショコラだが、ゴキブリだけは大の苦手で自分を制御できなくなってしまうのだ。
「それに……いつもお兄ちゃんにはお金の管理について口うるさく言うくせに、私は……私は……」
 ショコラはうつむいて足の間に両手をはさみ、おしっこの管理もできない、と小さくつぶやいた。
 レッドは大きく息を吸い、そして吐いた。レッドはショコラの前に歩いて行き、中腰になった。
「いいんだ、ショコラが無事なら」
 レッドは優しく微笑んでいた。
「で、でもっ……」
 顔を上げたショコラには、戸惑いの表情が浮かんでいる。
「オレにだって苦手なものはあるし、それに……」
 レッドは恥ずかしそうに目を逸らし、頭を掻きながら言った。
「オレがショコラくらいの時、おもらししたのって1回や2回じゃないんだぜ」
 レッドの頬が少し赤く染まっている。ショコラはきょとんとした顔で、レッドを見つめている。
「だから……もう泣くな」
 レッドの指がショコラの涙を拭う。
「う、うん!」
 ショコラの顔に、少しずつ光が見えてきた。
「ほら、立てるか?」
 レッドは肩を貸し、ショコラをやさしく立たせた。
「風呂場まで一人で歩けるか?」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
 ショコラの顔には、すっかり笑顔が戻っており、尊敬のまなざしでレッドを見つめていた。

「あっ、そういえば」
 風呂場に向かおうとしたショコラが、思い出したように声を上げる。
「結局お兄ちゃんは、あらいのと細かいの、どっちを使ったの?」
「えっ」
「だってトイレから出てきたってことは、ちゃんと拭いたってことでしょう?」
「い、いや、それは……」
「ま、まさか……」
 ショコラの尊敬のまなざしが、みるみるうちに軽蔑へと変わっていく。
「いや、だって。どう考えたって、サンドペーパーは無理だろ!」
「だからって、拭かずにトイレから出て来られる? もう信じらんない!」
 もはやショコラの笑顔は見る影もない。
「じゃあ、あれだ。臭い者同士、一緒に風呂に」
「変態!!」
 ショコラのビンタがロケット弾のようにレッドに炸裂した。


 

 
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