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ターくんの特別な日


「……ん……んぅ……」

 一匹のブースターは、小屋の中で押し殺したような声を上げていました。

(おしっこ……でちゃうよぉ……)

 ブースターはゆっくりと立ち上がり、小屋から出てケージ越しに部屋のドアを見ました。

(ご主人……早く帰ってきてよぉ……)

 同じ行動を何度繰り返したかわかりません。しかし、一向に部屋のドアが開く気配はありません。
 ブースターは、しばらくドアを見つめた後、落胆した様子で小屋の中へ帰って行きました。そして、クッションの上に丸くなりました。

(まったく、こうなったのもご主人のせいだ……!)

 ぎゅっと目をつぶり、ブースターは心の中で悪態をつきました。



 1時間前。



 ブースターの主人であるミニスカートのミホは、机で本を読んでいました。難しい顔をしてウンウン唸っている様子です。

(ねーご主人、遊ぼうよー)

 ゲージの外に出してもらっているブースターは、主人の周りをぐるぐる回ります。やや赤みのあるオレンジ色の小さな体。くりっとして大きな黒い眼。内側が黒くて菱形の長い耳。そして、やわらかい薄黄色の体毛が、額、首周り、そして尻尾に、わたあめのようにくっついています。ブースターが回るたびに、やわらかい体毛がふわふわと上下しています。

「ちょっと待って、もうそろそろ決まりそうだから」

 しかし主人は相手にしません。

(もう、最近全然遊んでくれない)

 ブースターは、ほっぺたを膨らませました。

(遊んでくれないなら、僕、わるい仔になっちゃうぞ)

 ブースターは辺りを見渡して、イタズラできそうなものを探します。すると、ティッシュペーパーの箱を見つけました。ブースターはティッシュを2、3枚取り出し前足と口でビリビリに破ってしまいました。

(ふふん、どうだ)

 ブースターは主人の方を見ます。しかし、主人は気にせず本を見て唸っています。ブースターは、むっとした表情になりました。

(じゃあ、これならどう?)

 ブースターは部屋の隅に置かれた冷蔵庫の前に行き、前足で器用に開けました。そして、モーモー印のコーヒー牛乳が入った瓶を取り出しました。

(これを全部飲んじゃうもんね)

 主人はブースターの体の大きさを考えて、コーヒー牛乳を4分の1ずつ与えていました。

(僕はもう仔どもじゃないんだから、これくらい飲めるよ)

 ブースターは瓶のふちをくわえて、引きずってゲージの中に運びました。そして歯で瓶の紙蓋をはずし、エサ皿に向かって瓶を倒しました。結構こぼしてしまいましたが、舐めとってキレイにしました。

(う〜ん、おいし〜)

 ブースターは夢中でコーヒー牛乳を飲みました。
 半分くらい飲んだところで、お腹が一杯になってきました。

(もういらな〜い。でも……)

 残った分を瓶に戻すことはできません。仕方なくブースターは全部飲むことにしました。

(うぅ……くるしいよぉ……)

 なんとか飲み干すことができましたが、やはり仔どものブースターに瓶一本は多すぎたようです。

(おなかがチャプチャプいってる〜)

 ブースターはお腹の不快感に顔をしかめました。

(ふふん。でもこれで僕はわるい仔に……)

「ターくん」

 ふいに名前を呼ばれ、ブースターの体はビクンと跳ね上がりました。

「私はちょっと出掛け……あー! ターくん何してるの」

 ブースターは慌てて瓶を隠そうとしますが、とても仔どもの体で隠せる大きさではありません。

「勝手に飲んじゃダメでしょ。それにそんなに飲んだらすぐおしっこいきたくなっちゃうよ」

(そんなこと……ないもん)

 ブースターは視線をはずしました。

 主人は軽くため息を付き、ブースターを抱いてケージから出し、部屋の隅のペットシートの上に降ろしました。

「ほら、早くしちゃいなさい」

 ブースターはしばらくペットシートを見つめていました。

(……いらないっ)

 しかし、ぷいっと顔を背けてペットシートから降りました。
 主人は大きくため息をつきました。

「おもらししても知らないからね」

 主人はブースターをケージに入れました。

(僕は今日からわるい仔になったんだ。だから、ご主人の言うことなんか聞かないのさ)

 ブースターはもうすでに高まりつつある尿意に、そう言い訳をしました。


 そして、ドアの閉まる音を聞きました。


 

 
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